清水マリコ『あなたに胸いっぱい――メガネっ娘★初恋』
「書評まがいのことを始めます」なんて宣言したものの、さてどんな作品でハナを切るべきか? ちょっとだけ考えるフリをしてみたが、面倒くさくなったので、直近に読んだものを紹介する。フランス書院のジュブナイルポルノレーベル「美少女文庫」の一冊だ。
清水マリコは、劇団の主宰、ライトノベル『ゼロヨンイチロク』『嘘つきは妹にしておく』や、美少女ゲーム『君が望む永遠』『Kanon』のノベライズ版の著者として知られる人物。キャラクターメイキングにこだわりがあるらしく『ダ・ヴィンチ』9月号「ライトノベル読者はバカなのか?」特集のインタビューにおいて、
(前略)と発言。そして、
男の子が主人公故に複数の女の子にモテるという設定がゲームではよくありますが、それはやはり女の子の目から見たら納得いかない。そのような設定で小説を書く場合は、主人公の内面を掘り下げることで、彼の魅力、女性から愛される理由を引き出す
読者は眼鏡や巨乳という記号だけではなく、記号から呼び起こされるイメージ、たとえば知性や母性に魅かれるんですと続けている。『あなたに胸いっぱい』の主人公は、まさにこの「メガネ」で「巨乳」の女のコ。清水はまずこれらの記号から「読書好きでおとなしい」「巨乳をコンプレックスに感じていて、イマイチ積極的になれない」そして「自己処罰的」という内面を掘り起こす。ベタっちゃあベタだが、本作ではこの設定が上手に機能している。
その巨乳メガネ・天咲千香ちゃんは、同級生の水井真人くんのことが好きなのだが、それゆえ、同じく真人くんのことが好きな同級生・山根沙織ちゃんとその取り巻きから目をつけられる。初めは、聞こえよがしに陰口を叩かれたり、クラスメイトをオルグった沙織ちゃんによって村八分にされたりする程度のイジメで済んでいた(これで十分悪質だが……)が、時間が経つにつれ、その内容はエスカレート。果ては沙織ちゃんに焚きつけられた根暗な男子のチ●コを咥えさせられ、頭の悪そうな体育教師(コイツも沙織ちゃんに焚きつけられている)にレイプされかける。ついで用事に、毎朝通学電車の中で痴漢に遭っていたりもする。
なぜそこまで事態がエスカレートしてしまうのか。それは千香ちゃんが「メガネ」で「巨乳」だから。千香ちゃん自身、イジメられれば、悲しくもなるし、イヤだなとも思うのだが、事態の解決に向けてアクションを起こすことはない。反対に「学校内外でなにかとエロい目に遭うのは、自分が巨乳だから。イジメられるのは、オッパイが大きいだけの地味な私が、クラスのアイドル・沙織ちゃんを差し置いて真人くんと仲良くしているから」と内省してしまう。痴漢や理不尽なイタズラにも関わらず、興奮を覚えてしまう自分にも猛烈にヘコむ。被害者なのに。
この巨乳への意味の持たせ方は面白い。グラビアアイドルが「走ったりするたびに、男子が私の胸をエロい目で見るから体育の時間が嫌いだった」なんて発言(本作にも同様のエピソードがある)したりするように、思春期の女のコが巨乳にコンプレックスを抱くこと自体は別に珍しくはないはずだ。しかし、ジュブナイルポルノでは、巨乳は男子の憧れであり(これは本作でも同じ)、女のコにとってもチャームポイントとして描かれがちだ。むしろコンプレックスを抱くのは貧乳さんだ。確かに男子的にはその設定の方が合点がいく。そんな中、女のコ的リアリティを前提に物語を進めている本作の存在は、なかなか新鮮だ。
また、悲劇の巨乳ヒロイン・千香ちゃんは、「チャームポイント・巨乳」のヒロインに負けず劣らずチャーミングだ。苦悩するその姿をかわいそうな存在としてではなく、絶対に被害者ヅラをしないけなげで可憐なものとして描いているからだろう。目一杯イヤな目に遭い、落ちるところまで落ちかけはするが、ちょっと強引ながらも、きっちり救われるので、読後感も悪くない。ハッピーハッピーな設定・展開のラブコメが多い美少女文庫の中にあっては異質な作品ではあるが、そのキャラクター設定、構成の妙で十分楽しませてくれる。
【追記1】
真人くんのキャラクター設定も面白い。千香ちゃんがクラスメイトとイマイチ馴染めていなければ、折に触れ、優しい言葉をかける(これが沙織ちゃんのヒートを買ったりもするのだが)。修学旅行の班決め会議の仕切りに手こずれば、救いの手を差し伸べる。「内向的な性格のくせに真人くんに対する興奮を隠せない自分は、真人くんにふさわしくない」と怯えれば、自らもカッコ悪いところを晒して救済する。とにかく、男前なのだ。正直、実際の思春期男子は、こんなにカッコよく振る舞えない。女のコ的なリアリティに着目する一方、男子については、多少現実離れしていようとも、理想的な姿を描いているように見える。真人くんの言動が鼻につくようことはない(むしろ清々しい)ので、それで何ら問題はないのだが、王子様が女のコのガチっぽい悩みを救ってくれるのは、女流作家の手によるものならではか。
【追記2】
清水のライトノベル作品に通底するテーマは日常の不思議。前出『ダ・ヴィンチ』のインタビューで
(前略)と語るとおり、どの作品も、些細なこと(帰れない日には必ず連絡をよこしていたシナリオライターの母親が何の連絡もなく2日間帰ってこない。映画館の前で年上のお姉さんに声をかけられた。セリフが歯抜け状態の演劇台本を拾ったなど)を契機に、主人公を取り巻く日常が、緩やかながらも確実に右肩下がりにオカシクなっていく。
日常の中で発見した小さな欠片を探し集め、積み重ねていくことによって現れる虚構を、私は、より面白いと思うんです
本作には、一連のライトノベル作品のように人の闇を引きずり出す教団と対決したり、物語の精と一緒に散逸したセリフを探したりといったファンタジックな展開こそないが、「好きな男のコと同級生になれた」というちょっとしたできごとを発端にだんだん日常が狂っていく様子は似ているのかもしれない。
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