で、誰がやんの?<その3>
前エントリ<その2>はこちら。
書き殴っておいてなんだが、かわいいワンちゃんの話など、どうでもよろしい。話を戻そう。
拙著『凶暴両親』でも指摘したが、多くの人が「学校」について云々したがるのは、国民のほぼ全員が学校のエンドユーザーだったことがあるから。自分も通っていただけに、教育問題が起きたとき「学校とはこうあるべき」「こうあってほしい」とイメージしやすい。
だから、学校にITリテラシー教育や情報モラル教育を求めてしまいがちだが、残念ながら、現在の学校には、それを行う余力とスキルはなさそうだ。保護者にITリテラシーや情報モラルを求めるのもムリだろう。業者に教育させるのも、フィルタリングを強制するのも、なんか違う。
ならば、どうすればいい。
■ITMedia「小寺信良:臭いものにフタをしても、何一つ解決しない」
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0804/14/news007.html
ネットの抜本的な浄化策にしても、教育という手法は効果が高いのだ。子供から親まで、それぞれの年齢に合わせた情報リテラシー教育を、正面から政策として取り組む事こそ、青少年の健全な成長に一番遠いように見えて、本当は一番近い道なのではないのか。「NTT東西や地元プロバイダに協力義務を課して、年に1回2時限ぐらい使って『ネットに詳しいおじさんの、こんなに危ないパソコン・ケータイ教室』ぐらいをやるべきである」など、各論レベルでは、小寺氏の主張には賛成できない部分もあるが、上記の結論は断然支持したい。
事態を深刻化してしまえばいいのだ。現在の学校に期待できない上に、保護者のITリテラシーもイマイチ怪しいなら、情報モラル教育を国策レベルの問題に格上げしてみてはどうだろう。
予算を割いて、社会的コンセンサスを確保した上で、小中学校にも「情報」の時間を設けてみるもよし。別の講習を義務づけるもよし。フィルタリングを強制するのではなく、ITリテラシー教育を強制する方が、はるかに意味がある。
大人はおかげさまで子どもほどバカではない。教育をきちんと施されれば、情報モラルをいち早く身に付けられるはずだ。それを学んだならば、子どもとパソコンやケータイの使い方について話し合うべきだろう。
安くなったとはいえ、パソコンはいまだ10万円はくだらない高価な商品だ。新規契約無料の端末が多いとはいえ、ケータイにも通信料というランニングコストがかかる。
バンバン使わせられる裕福な家庭もあれば、あまり使ってほしくない家庭もある。ITを取り巻く環境は家庭によってまちまちなのだから、お上から与えられた情報モラルについてのルールを鵜呑みにするのではなく、それを基に各家庭ごとにカスタムするべきだろう。
大人も情報モラルを身に付け、ネットやケータイ、パソコンについて、子どもとよく語り合う。小寺氏の言葉ではないが、これこそが「一番遠いように見えて、本当は一番近い道なのではないのか」。
まあ、良書と呼ばれる情報モラル系の書籍が売れない理由のひとつには、この、一見遠回りに思える結論を導き出しちゃってることもあるんだけどね。それこそ「フィルタリングすればOK」なんて暴論を吐かないインテリジェンスが盛り込まれちゃってるから。読者は、ネットでのトラブルをたちどころに解決してくれるものと思って本を手にしたのに「話し合ってみてね」じゃ、肩すかしだもんね。
反対にクソみたいな情報モラル系書籍が売れないのは「フィルタリングすればOK」なんて噴飯ものの暴論を吐いているから。「どっちだよ!」ってお話なんだけど、気持ちはわかる(笑)。
次は、手続き的に正しく、しかも、それが一番の近道であることを多くの人に納得させられる情報モラル教育とはなにか、を考えなきゃいけないんだろう。
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初めて出る自分名義の書籍をアナウンスするものなのだから、このエントリには、もっとタイトルの付けようがあるはず。さりとて、非才ゆえ、気の利いたものがちぃとも思い浮かばず、数年前の流行語を引っ張り出してくる始末。いや