« 2008年2月 | トップページ | 2008年5月 »

2008/04/28

で、誰がやんの?<その3>

前エントリ<その2>はこちら

書き殴っておいてなんだが、かわいいワンちゃんの話など、どうでもよろしい。話を戻そう。

拙著『凶暴両親』でも指摘したが、多くの人が「学校」について云々したがるのは、国民のほぼ全員が学校のエンドユーザーだったことがあるから。自分も通っていただけに、教育問題が起きたとき「学校とはこうあるべき」「こうあってほしい」とイメージしやすい。

だから、学校にITリテラシー教育や情報モラル教育を求めてしまいがちだが、残念ながら、現在の学校には、それを行う余力とスキルはなさそうだ。保護者にITリテラシーや情報モラルを求めるのもムリだろう。業者に教育させるのも、フィルタリングを強制するのも、なんか違う。

ならば、どうすればいい。

■ITMedia「小寺信良:臭いものにフタをしても、何一つ解決しない」
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0804/14/news007.html

ネットの抜本的な浄化策にしても、教育という手法は効果が高いのだ。子供から親まで、それぞれの年齢に合わせた情報リテラシー教育を、正面から政策として取り組む事こそ、青少年の健全な成長に一番遠いように見えて、本当は一番近い道なのではないのか。
「NTT東西や地元プロバイダに協力義務を課して、年に1回2時限ぐらい使って『ネットに詳しいおじさんの、こんなに危ないパソコン・ケータイ教室』ぐらいをやるべきである」など、各論レベルでは、小寺氏の主張には賛成できない部分もあるが、上記の結論は断然支持したい。

事態を深刻化してしまえばいいのだ。現在の学校に期待できない上に、保護者のITリテラシーもイマイチ怪しいなら、情報モラル教育を国策レベルの問題に格上げしてみてはどうだろう。

予算を割いて、社会的コンセンサスを確保した上で、小中学校にも「情報」の時間を設けてみるもよし。別の講習を義務づけるもよし。フィルタリングを強制するのではなく、ITリテラシー教育を強制する方が、はるかに意味がある。

大人はおかげさまで子どもほどバカではない。教育をきちんと施されれば、情報モラルをいち早く身に付けられるはずだ。それを学んだならば、子どもとパソコンやケータイの使い方について話し合うべきだろう。

安くなったとはいえ、パソコンはいまだ10万円はくだらない高価な商品だ。新規契約無料の端末が多いとはいえ、ケータイにも通信料というランニングコストがかかる。

バンバン使わせられる裕福な家庭もあれば、あまり使ってほしくない家庭もある。ITを取り巻く環境は家庭によってまちまちなのだから、お上から与えられた情報モラルについてのルールを鵜呑みにするのではなく、それを基に各家庭ごとにカスタムするべきだろう。

大人も情報モラルを身に付け、ネットやケータイ、パソコンについて、子どもとよく語り合う。小寺氏の言葉ではないが、これこそが「一番遠いように見えて、本当は一番近い道なのではないのか」。

まあ、良書と呼ばれる情報モラル系の書籍が売れない理由のひとつには、この、一見遠回りに思える結論を導き出しちゃってることもあるんだけどね。それこそ「フィルタリングすればOK」なんて暴論を吐かないインテリジェンスが盛り込まれちゃってるから。読者は、ネットでのトラブルをたちどころに解決してくれるものと思って本を手にしたのに「話し合ってみてね」じゃ、肩すかしだもんね。

反対にクソみたいな情報モラル系書籍が売れないのは「フィルタリングすればOK」なんて噴飯ものの暴論を吐いているから。「どっちだよ!」ってお話なんだけど、気持ちはわかる(笑)。

次は、手続き的に正しく、しかも、それが一番の近道であることを多くの人に納得させられる情報モラル教育とはなにか、を考えなきゃいけないんだろう。

| | トラックバック (0)

で、誰がやんの?<その2>

■ヤフーなど5社、青少年ネット規制法案に反対を表明
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080423/299919/

上記リンクに端を発した前エントリからの続き。

小学校で情報モラル教育を行うには、もうひとつ「先生役を誰にするか」という問題もある。

本来ならば、学校の先生がやるべきだろうが、正直な話、先生のITリテラシーに期待はできない。そんなものを兼ね備えていれば、今さら「子どもの情報モラルが!」などと騒がれてはいないだろう。そもそも、日中、ITとはあまり関係のない仕事をしているビジネスパーソンに高いITリテラシーなど望むべきもないのは、なにも先生に限った話ではない。先生だけを「ITリテラシーを身に付けろ」「子どもをネットの恐怖に晒すとはなにごとだ」と責めるのは酷だろう。この理屈で考えるまでもなく、保護者に先生役を任せるのもムリがある。

そのためか、冒頭リンクの記事には

各社それぞれが、保護者や学校関係者と共同で取り組む内容について説明した。まず、保護者が子供に対してネット利用に関する教育ができるよう、保護者の視点に立って教材を制作し、提供する。また、企業から講師を派遣して、子供を取り巻くネット事情や利用法を啓蒙する保護者向けの勉強会も実施する
とあるが、ぶっちゃけ、業者が出席する情報モラルに関する集まりは、しょーもないほどヌルくなる。

3月14日、教育関係者や学者、セキュリティ対策事業者、ボランティアの面々などに加え、ケータイキャリア各社のセキュリティ担当者も参加する「ネット安全安心全国推進フォーラム」なるイベントが開かれた。出席した某教育系版元の編集者によると、キャリアが参加しているせいか、学校裏サイトや闇の職安サイト、SNS、出会い系など、コンテンツについての問題点は洗われたものの「子どもにケータイを所有させることの是非」という、そもそも論については、ほとんど議論がなされなかったという。

唯一、社団法人全国少年警察ボランティア協会の松浦眞紀子氏だけが「あとからログを追えるパソコンはまだマシ。個人の所有物であり、手の中に隠れてしまうケータイを使って子どもが送受信する情報は、大人にゃ把握できねぇ。“子どもにケータイ”ってどうよ?」(超意訳)と、いい意味で空気を読まずに気を吐いていたらしい。

当然っちゃあ、当然だ。誰も本人を目の前にして悪口なんて言えまいて。もし青少年ネット規制法案が廃案になり、法案に反対を表明していたDeNAから講師がやって来るようになったとき、学校や保護者が「お前んトコのサービスで人死にが出たよな?」とツッコめるかといえば、正直、厳しいだろう。しかし、人死にを出さない穏便なコミュニケーション術を教えてくれない講師に意味などない。

また、どんな良書であれ「情報モラル教育」関連書籍の売れ行きは、あまり芳しくないという。ITリテラシーの高い保護者にしてみれば、読むまでもない「当たり前のこと」が書かれているだけ。反対にパソコンやケータイにあまり関心のない保護者にしてみれば、そもそも「情報モラルを高めなければならない」という言説にピンと来ないためだ。業者が講習会を開いたところで、そのメッセージを最も届けたいITリテラシーの低い面々こそ参加しないのではないだろうか。

ついでに指摘するなら、業者も商売である以上、都合のいいことを言うのは、想像に難くない。

ソフトバンクモバイルが配布している「ケータイマナー&トラブル対策BOOK」という小冊子をめくってみると「お子さまのネット環境を守るためにできること。」というページで「ヤフー!きっず」の利用をオススメしている。曰く

あらかじめソフトバンクが登録したサイトのみアクセスできる、子ども向けコンテンツを中心としたサービスです。小学生のお子さまにオススメします。
あれ????

ヤフー!きっずがフィルタリングした情報にのみアクセスさせれば「お子さまのネット環境を守る」ことができるのなら、なぜ、ヤフー!は、お上がフィルタリングした情報にのみアクセスさせる青少年ネット規制法案に反対する?(SBMほか、各キャリアはフィルタリングについて反対してはいないようだが、それにしてもヤフー!きっずを勧めるのは、ねぇ?)

だいたいケータイを持ってくることを禁止している学校は多い。持ってきたからといって、さすがに取り上げられるわけではないが、学校にいるうちは、基本的に使ってはいけないルールになっている。ケータイ向けコンテンツプロバイダがノコノコでかけていって、なにを言おう。「みなさん、お手元のケータイを使って、安全なネットの泳ぎ方をお勉強しましょう」とでも始めるおつもりか。

完璧に余談だが、授業中ケータイを使った子どもを叱るSBMのテレビCM「白戸家『校長』篇」においては、上記理由から、子どもを受容する樋口可南子(元祖ヘアヌード)の態度は大間違い。説教をたれる犬コロを全力で支持すべきだ。

さて、結論を見出すには、もうちょい紙幅が必要なようだ。というわけで、次のエントリに続く。

| | トラックバック (0)

で、誰がやんの?<その1>

■ヤフーなど5社、青少年ネット規制法案に反対を表明
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080423/299919/

マイクロソフト、ヤフー!、DeNAらが、青少年ネット規制法案(ケータイフィルタリング法案)に「NO!」とブチ上げて以来、ネット界隈では「フィルタリングありやなしや」という議論が元気よく展開されている。

それらの声の中でも特に大きいのが「フィルタリングを強制するなどナンセンス。ITリテラシー教育、情報モラル教育を徹底すべき」というもの。確かに現在のフィルタリング法案はザルだろうし、容認すべきではないのかもしれない。「臭い物にフタ」的な規制を進めるのではなく、子どもに正しいネットの使い方を教えるべき、という意見には賛成したい。どうせいずれはイヤでもパソコンやケータイを使うことになるのだから、社会に放り出される前にその使い道を知っておくことには大きな意味がある。

とはいえ、疑問がひとつ。

ここで表題に戻るわけだが、で、ITリテラシー教育、情報モラル教育は誰がやればいい?

まあ、多くの人が想定しているのは学校だろう。中学校の学習指導要領には、技術・家庭科の授業で「情報とコンピュータ」に関する内容を履修させるべし、とある。高校なら、コミュニケーションリテラシーについても触れる、その名もズバリ「情報C」という科目がある。すでに教えるべきことでパッツンパッツンだろう技術・家庭や情報の時間に、どうやって「情報モラル教育」という新しい内容をねじ込めるのかは知らないが、まあ、それを行うのにおあつらえ向きの時間があるのは事実だ。

さて、小学校はどうしよう。現在、文科省などは、道徳の時間に情報モラル教育を盛り込もう、と考えている節があり、こう書くと「それはいい」と思う向きも多いだろう。が、情報モラル教育と道徳の時間が相容れないのは、すでに指摘されている。

■ジャストスクール「『情報モラル』についての特別座談会」
http://www.justsystems.com/jp/school/academy/media/talk/talk01_1.html

(前略)まず小学校教育は道徳がベースにあるとは思います。ただし、ネットについての教育は道徳と分けて考えています。道徳の授業では、例えば「登校中に困っている人がいた。その人を助けると遅刻してしまう」というような複雑な状況を提示した上で、子供たちに考えさせるのが基本です。ネット関連の授業でも、子どもたちに考えさせはするのですが、「違法コピーをしてはいけない」というように、ある意味で答は出ている。
以上は、東京都北区立西ヶ原小学校副校長にして、文科省からの委託事業「情報モラル指導等のサポート事業」委員なども務める野間俊彦氏の言葉。最近残念ながら力尽きた『ヤフー!インターネットガイド』誌の仕事で取材をさせていただいたことがあるが、きちんとネットのリアルを知った上でお話のできる人物だ。なんなら2ちゃんに定住しているスレがあり、そのヤバさと同時に、面白さやダイナミズム、安全な距離のとり方、コミュニケーションスタイルも知っている。だから、頭ごなしに「掲示板やブログ、プロフはいけません!」などとナンセンスなことは言わない。そんなタイプとでも言おうか。

野間氏の言っているのは、要はこういうことだろう。

多くの人が誤解をしているが、学校における道徳とは「人の物を盗ってはいけません!」と、いわゆる「道徳」「倫理」を叩き込むためのものではない。副読本などを使って善悪の彼岸みたいなシチュエーション(野間氏の挙げた例は「モラルジレンマ」というらしい。あちらを立てれば、こちらが立たず)を提示して、そのお題について子どもがアレコレ考えるための時間だ。ぶっちゃければ、正解なんぞなくてもいい。困った人を助けることも、遅刻しないことも正しいのだから。そのため「違法コピーをしてはいけない」と教えたい情報モラル教育とは食い合わせが悪いというわけだ。

極論するなら、たとえば道徳に情報モラル教育をねじ込み「ブログを荒らしてはいけません」ということに気づかせようとしたところで、子どもがアレコレ考えた結果「ま、トンマなブログは炎上してもしかたないんじゃね。自業自得。なんなら、ブロガーも炎上でネットのヤバさを学習するはず」などという結論に至ったなら「それはいけません」とは強制できない(もちろん、子どもが「道徳的」「倫理的」な結論に至るように上手に誘導するのが、先生の腕の見せ所だし、そうしなければいけないのだが)。

それに、情報モラル云々と騒がれる以前から、子どもの規範意識が低下していることを引き合いに「道徳を教科化すべき」という議論が積極的になされている。技術・家庭や情報の時間以上に、道徳には多くの使命が課せられている。はてさて、どうやって、情報モラル教育を盛り込もう。

ほかの教科や時間についても然り。それでなくとも、現在「ゆとり教育のおかげで子どもの学力が低下した」(誠かウソかは別だが)などと叫ばれ、各教科について、授業内容の高度化、授業時間数の増加が望まれている。情報モラル教育などしているヒマはあるのか。小学校では、ローマ字を教えることもあり、国語の中にパソコンの活用という内容を盛り込んでいるが、「ゆとりはイカン」と言っている方々が、漢字の読み書きや読解力向上のための指導を差し置いて、情報モラル教育を進めることを許してくれるだろうか。

さて、売れないライターが長いゴールデンウィークを持て余したか、テキストがクソ長くなってきた。続きは次のエントリで。

| | トラックバック (0)

2008/04/24

老いては誰に従うの?

■『週刊ビジスタニュース』「イケてる爺さん婆さんのパートナーはどこに!?」http://www.sbcr.jp/bisista/mail/art.asp?newsid=3308

ソフトバンククリエイティブのメールマガジン「週刊ビジスタニュース」の先週配信号に寄稿いたしました。昨日より同社サイトでも閲覧可能になっております。

お題は「壮年・年寄り向けライフスタイル誌を眺めて」。

『LEON』がノリノリだった'06年、55歳以上向け男性誌『Z』(読み方は、爺さんの「ジー」)が創刊され、今年3月には、1月に廃刊した『NIKITA』をリレーするように、40~50代女性向けの『HERS』が創刊。『Z』が「青二才厳禁!」などと挑発的なヘッドコピーを打っていることもあり、55歳を超えても、オッサンはいろんな意味でヤる気なのか? と思いきや……。

というお話を展開しています。あらためてサイト掲載分を読んでみると、文中、一人称と三人称を取り違え、いかにも三流大卒、中学英語すらできない己を晒してしまっていますが、実は連中「積極的家庭内別居」を選択している気がしてならん、という妙な事実を浮き彫りにさせてはみました。『Z』の話を取り上げている個人ブログもいくつかあるのですが、どれもこれも、正直、電車の中吊りや新聞広告でヘッドコピーを読んだだけなのだろう印象論ばかり。「どうせ『LEON』みたいなもんでしょ」などと切って捨てていますが、全然そんな中身じゃないッスよ。

原稿書いてて、ちょっと切なくなるくらい、ヤツらは孤独。

| | トラックバック (0)

2008/04/22

インタビュアー冥利

■扶桑社『天職への階段 29 人の仕事愛』
http://www.fusosha.co.jp/book/2008/05648.php

『週刊SPA!』の連載「エッジな人々」'06年10月~'08年1月掲載分のうち、25本をピックアップした書籍なのですが、ボクの行った蛙男商会インタビューが転載されています。もちろん、いい話からバカなネタまで、バンバン繰り出す蛙男のインタビュイーとしての優秀さがあってのことですが、単純計算でも70本前後あるだろう連載のうちの25本の中に選ばれたのは、インタビュアーとして鼻高々。以下のとおり、他にも、時期に適っている上に、やたらなメンバーが揃っているので、ぜひ。

本書に登場する方々(登場順)
DJ OZMA
ひろゆき(「2ちゃんねる」管理人)
マッスル坂井(プロレスラー)
蓑豊(金沢21世紀美術館館長)
中田ヤスタカ(サウンドプロデューサー)
マシ・オカ(俳優)
三木聡(映画監督・放送作家)
Q・タランティーノ
高野秀行(辺境作家)
前田司郎(「五反田団」主宰、劇作家)
蛙男商会(フラッシュアニメクリエーター)
田中森一(元特捜検事・元弁護士)
海堂尊(作家・医師)
寺脇研(元文部科学省官僚)
四元奈生美(プロ卓球選手)
マーク・ズパン(車椅子ラグビー米国代表選手)
ルー大柴
中村紀洋
角川春樹(映画プロデューサー)
赤井英和
村上泰仁(「寅壱」社長)
ビートたけし×竹内薫(科学作家)
立川談志×太田光
ハリセンボン(芸人)
アントニオ猪木×山本寛斎

| | トラックバック (0)

2008/04/20

『R25.jp』と『ニコ☆プチ』と『ユリア100式』の話

■R25.jp「[社会]ネットやケータイは子どもの日常をどう変えた?」
http://r25.jp/web/link_review/20001000/1122008022208.html

非常に今さらだが、2月中旬『R25.jp』の取材を受けた。総務省がケータイキャリア各社にフィルタリングの義務化を要請したのを受けて、子どものケータイとの付き合い方を探ろうという記事向けに、エラそうな口を利いてきた。

サイト中には「ケータイの存在が子どものコミュニケーションスタイルを変える」一例として「ケータイに振り回されている」と実感しながら「メールは5分以内返信」というルールを自らに課している、という話が載っているが、取材時には、あとふたつ、たとえ話をさせてもらっている。

ひとつは、メル友の通話バージョンであるところの「ウィル友」(コム友)、「ソフトバンク友」の話。前略プロフや専用掲示板に、同キャリア間の通話が無料のWILLCOM端末、ソフトバンク端末の番号を晒して「ユーザー同士、おしゃべりをしたり、ショートメールをやり取りしたりしましょう」と誘う、あれだ。

リアルでの友だちとのコミュニケーション用とは別に、見知らぬ相手との会話専用に端末を買っちゃうあたり「ケータイに振り回されている」。WILLCOMやSBが同キャリア間通話無料サービスを提供しなければ、子どもは、そんな友だちをほしがりはしなかったはず。明らかに供給が需要を喚起している。

それと「リアル友だち用のケータイ」と「通話だけの友だち用のケータイ」というように、友情のレベルやレイヤーによって端末を使い分けるのは面白い。「営業用ケータイのメアドまで」「営業用ケータイの番号まで」「本チャンのメアドまで」「本チャンのケータイ番号まで」と、客によって、教えてもいい連絡先に差を付けるキャバ嬢みたい。

なんつう話をさせてもらった。

そして、もうひとつは「キッズケータイ」のお話。

2000年ごろから、小学校高学年~中学生女子の、いわゆるジュニアファッションブームを下支えしている雑誌『nicola』(新潮社)には『ニコ☆プチ』という妹誌がある。小学校中学年から6年生までの女のコをターゲットにしたファッション誌だ。

そのスタイリングは、良く言えばデコラティブ、悪く言えば過剰装飾の極み。昨秋発売の冬号では、トップはキャラクターが大きくプリントされたTシャツに、同じくキャラクターが大量にプリントされたパーカーのコンビネーション。ボトムはチェックのミニスカートに、☆マークがドットプリントされたレギンスの組み合わせ、という非常にマッシブなコーディネートを「おしゃれ上級者」の着こなしとして提案している。オシャレは引き算!

話がそれた。

同誌では、毎号、必ずといっていいほど、ケータイ特集を組んでいる。件の冬号では、各キャリアの当時の最新カタログ、読者モデルと読者のケータイ利用実態アンケート結果を掲載。今冬発売の春号には、各キャリアの春モデルのカタログと、auのショールームを紹介する広告企画が載っている。

これらのカタログに載っているのは、ボクらが使っているようなオトナケータイだ。キッズケータイではない。なぜなら、冬号のアンケートで菊池玲奈C(C=ちゃん。小4)が「(今の端末の)キライなところは?」という質問に対して、私物のケータイ片手に「キッズケータイなところがイヤ!」、同じく中村澄麗C(小6)も「キッズケータイだから、子供っぽいところ」がイヤと回答しているから。オシャレ上級者たるもの、オトナケータイを持つべきなのだろう。

ものすごくベタなことを言わせていただくが(正直、タイプするのもこっ恥ずかしいが)「キッズってどういう意味だっけ?」

イケてるファッション誌が、キャリアからの広告出稿も受け、オトナケータイをさもステキなもののように紹介するから、子どもがファッションアイテムのひとつとして持ちたがる。これも、子どもが「ケータイに振り回されている」ひとつの例だろう。

ついでに言っておくなら「お子さまの安全のためにキッズケータイ」てなテレビCMを打つ(防犯ブザーやGPS、フィルタリングで安全が買えるとは到底思えないが)一方で、エロサイトや出会い系にも当たり前のようにアクセスできるアクオスケータイをプッシュする広告をジュニア誌で打つ。このダブルスタンダードは、いかがなものだろう。

ちなみに、この『ニコ☆プチ』春号を買ったとき、本屋のレジに一緒に出したのは『ユリア100式』最新刊。『ニコ☆プチ』は最近増えてきた「子どもとネット」「教育問題」なんて仕事のためのものだが、状況証拠だけにフォーカスするなら、一点の曇りもなくアレな人だ。帰路、パトロール中の警察にカバンの中身を確認されようものなら「ちょっと一緒に来てもらえるかな」なるお言葉を拝受することは請け合いだ。ボクがもしポリスでも、やっぱりボクに署までのご同行をお願いする。

auもそんなヤツからDISられたかねぇだろうなぁ。ごめんなさい。

| | トラックバック (0)

2008/04/08

単著出ます

51wxku2ayrl_ss400__2初めて出る自分名義の書籍をアナウンスするものなのだから、このエントリには、もっとタイトルの付けようがあるはず。さりとて、非才ゆえ、気の利いたものがちぃとも思い浮かばず、数年前の流行語を引っ張り出してくる始末。いや「単著」って単語は、画期的な発明だわ。チョー便利。

それはさておき、昨夏ごろより仕掛かり、先月、ようやくフィニッシュした新書が、今月16日ごろ発売になります。

タイトルは『凶暴両親』。版元はソフトバンククリエイティブ・ソフトバンク新書です。

文字どおり、やたらと凶暴なタイトルであり、しかも、お題は「モンスターペアレント」。ついでに言っておくなら、タイトルは、明らかに藤原智美『暴走老人!』のダジャレ。

第一印象は、どう考えても、ここ1~2年のオヤジ系週刊誌ノリですね。「最近の親はなっとらん!」「バカな親に先生がイジメられている!」「このままじゃ教育崩壊しかねん!」などとブチ上げていそう。

ですが、中身はむしろ逆(『暴走老人!』も暴走する老人をバッシュする内容ではありませんが)。それらの言説に冷や水をぶっかけてみました。

親に理不尽に詰め寄られた心労からうつをこじらせ、労災認定される先生や、学校で暴れて逮捕される親の存在が報道されている以上、厄介な保護者は確かにいるのでしょう。ただ、保護者って“大の大人”だよ? メディアは「モンスターペアレント急増! 教育崩壊の危機」なんて言っちゃって、イタい事例をいっぱい紹介しているけれど、マジでそんな凶暴な大人が増えてるの? それに、もしもモンスターペアレントなる人物が急増していたとしても、彼らとて大の大人なんだから、キレるのにはそれなりの理由があるんじゃないの? という疑問がどうしても拭えません。

そしてもうひとつ、モンスターペアレントの存在を「ヤバいよね」とあげつらい、危機感を煽るだけの言説は、果たして何の役に立つのでしょう。苦情の対応に追われる先生は、その労苦から解放されるのか? (モンスターペアレント急増によって起きかねんとメディアが言い張っている)教育崩壊は防げるのか?

考えるまでもなく、クソの役にも立ちません。それなら、もう一歩踏み込んで、良好な保護者・学校間の関係作りを目指してみたらどうだろう。

そんな内容の一冊です。

普段、エロ小説の感想駄文をしたためてみたり、『新婚さんいらっしゃい』にエロスを求めてみたりしている拙ブログをお読みのみなさんにしてみれば、一見、用事がなさそうですが、亀田親子やら、最近の『週刊少年マガジン』やらについて、えらい紙数を割いて言及するなど、切り口は存外軽いです。独身の方でも、子どもがいない夫婦でも「ふ~ん、そんなことになってるんだぁ」なんて読んでもらえる内容にはなっているはず。多くの先生、保護者、研究者のみなさんのご協力もあり、かなり読めるものに仕上げた自信はあります。書店で見かけたら、ぜひともお手に取ってみてください。アマゾンで見かけたなら、というか、下記リンクをクリックの際は、カートに叩き込んでいただけると幸いです。

目次(抜粋)

第1章 本当に保護者は凶暴になっているのか?
置き去りにされた子ども/亀田親子というモデル

第2章 メディアがモンスターペアレントを作ったのか?

メディアが騒ぐ「モンスターペアレント」は、どこにいる?/モンスターペアレントが頭を下げれば教育の勝利!?/張り紙したっていいじゃない。教室だもの/「ありがとう」で水の味が変わる!?

第3章 学校はどのように保護者と接しているのか?
学校を開いたらクレームが押し寄せた/学校はメイド喫茶じゃありません/保護者と学校は話せばわかるのか

第4章 クレーマーのような保護者の存在が語られる背景には何があるのか?
4タイプの「凶暴」な保護者/誰でも語れる教育論

第5章 学校、そして子どもと保護者はどう向き合えばいいのか?
モンスターペアレント予防の処方せんはナシ!?/子どもはイジメのシグナルなど出しはしない/夕日町三丁目なんていらない/学校にできること、保護者にできること

| | トラックバック (0)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年5月 »