「“ネット”と上手く付き合うために Ver1.0」を読んで
インターネット先進ユーザーの会(MIAU)が、過日よりアナウンスしていた情報教育用教材「“ネット”と上手く付き合うために Ver1.0」(リンクはPDF)を公開。さっそく注目を集め、はてなブックマークなどを見るに、おおむね好意的に迎え入れられているようだ。
で、拝見させていただいたのだが、これ、どうやって学校で使うの? ちょっとユーザー像が見えにくい。ここでいう「ユーザー像」とは「先生」のこと。要は、このテキストを使った授業風景が思い浮かばないのだ。
MIAUの小寺信良氏のコラムや、今回の一件を報じるITMediaの記事によると、本テキストは学校で「教科書」的に使ってもらうことも想定しているという。そして、本テキストのおっしゃることは、いちいちごもっとも。情報リテラシー教育は今すぐにでも取り組むべき課題だろうし、インターネットの世界は匿名性が高いようで、その実、だれもが匿名ではなく、ケータイメールに依存すべきでないことは、確かに知っておきたいところだ。
とはいえ「インターネットは真の意味での匿名ではありません」「メール依存症にならないようにしましょう」という、厳然たる事実・注意事項を列記しただけのテキストを渡されたところで、先生には授業のしようがない気がする。
本来、教科書とは、先生が子どもに何かを一方的に教え込むための道具ではなく、「みんなで」勉強することで、個人の理解を深めるための学習材なのだそうだ。
たとえば、数学の授業。教科書のある単元の最後に載っていた文章題をみんなで解くことになったのだが、Aくんには、どうしても解けなかった。ところが、先生に当てられたBさんが、物の見事にその問題を解いてみせた。そのBさんの理路整然とした解説を聞くことで、Aくんは、解法を深く理解することができましたとさ。
クラス全体で同じ教材を使い、同じ文章題を解いているから、Aくんは、Bさんの話を聞いて問題を解けるようになったというわけだ。国語の授業なら、教科書に載っている物語を「みんなで」読んで、作者の考えていることはなにか、「みんなで」考える。道徳の授業も同じ(道徳は教科じゃないから、学校から配布されるのは「副読本」だけど)。とある失敗をしてしまった男の子が主人公の生活文を「みんなで」読んで、彼はどうするべきだったのか、私ならどうするか、「みんなで」話し合う。三人寄れば文殊の知恵。ひとりでアレコレするよりも考えが深まるし、正解にも近づきやすくなる。
社会や理科のような、いわゆる「暗記もの」の教科なら、どうか。学生時代を振り返ってみるに、先生が、補足事項を加えつつ、教科書を読み、子どもたるボクらは、それをバカ覚えしていただけのような気もするが、この手の授業には「体験」というオマケがついてくる。先生の指導のもと、白地図を塗る、年表を作る、社会科見学に行く、植物を観察をする、実験をする。英語にも、クラスメイトと英会話してみるとか、英語の歌を唄ってみるとか、ゲストで来た外国人と話をしてみる、といった体験がついてまわる。「みんな」で実験し、英会話するから、ほかのクラスメイトが上手に実験をこなす様子を見たり、達者な英語を話すのを聞いたりして、自分の学習の足しにすることができる。
ところが、本テキストには「みんなで」学習する余地がない。事実・注意事項しか書いてない以上、読んで聞かせる以外に、先生にできることがないんだもの。それでなくとも、学力低下が叫ばれ、いわゆる受験科目の授業時数を増やそう増やそうとしている昨今、受験や学力考査に関係ない読み聞かせに、あえて時間を割くなんてナンセンス。子どもに配るだけ配って、各自、自宅で読ませりゃいいじゃないか、となってしまう。
「じゃあ、学校や先生が『みんなで』考えるための発問や、『みんなで』なにかするための体験を用意すれば、この『教科書』を使った授業を展開できるじゃないか」といきたいところだが、たぶんムリ。
平成18・19年度文部科学省委託事業「情報モラル等サポート事業」など、教員・保護者向け情報教育系サイトの中でも特に充実しているのは「実践例」。「ウチの学校では、ウチのクラスでは、こんな情報教育系の授業をしましたよ」という報告集だ。この手の情報が充実するのには、実践例を報告できるような先進的な人を除いた多くの先生が、情報教育をどのように進めていいものなのか、そのノウハウを確立しあぐねているという背景がある。
この事実は、MIAU自身も知っているはずだ。本テキスト「はじめに」には、こんな一文がある。
技術的に詳しくない先生方にも、ロングホームルームなどで活用していただけるよう、なるべく技術用語を避けて平易な言葉で記述してあります。情報リテラシー教育にあまり明るくない先生がいることは織り込み済みなわけだ(だから「教科書」を作ったんだろうけど)。当然のことながら、その手の先生には、ネットに関する発問や体験学習系のネタなど思いつくはずもない(そもそも、情報リテラシーの低いだろう先生に、いきなり「インターネットは匿名じゃありません」を解説させるのも難しい気もするが、それはさておく)。
では、MIAUの「教科書」はどうあるべきか、といえば、もっと一般的な教科書然とするべきなのだろう。国語の教科書の物語の末尾に「作者が訴えたかったことはなんでしょう」「傍線の『それ』が指すものはなんでしょう」なんて設問が載っているように、理科の教科書の酸化の仕組みの解説のあとに、酸化鉄の作り方の実験手順が書かれているように、ひととおり、解説すべきを解説したあとに、なんらかの設問や体験コーナーを用意してみてはどうだろう。
一応、2章末尾に「携帯メールやり過ぎ度チェック」というチェックシートがあるが、これでは不十分。教室でめいめいチェックしたところで、自分がどの程度マズってるかを把握する以外のことはできない。なら、自宅でひとりでチェックすればいい。とはいえ、クラスの「みんなで」チェック結果を共有してしまうと「ケータイ依存度重症」と診断された子が笑われる、といったイジメだって起きかねない。
ならば、たとえば、ログやヘッダの仕組みを解説する「ネットは匿名じゃありません」の章では、最後にメールソフトでのヘッダを確認するための操作手順を紹介してみてはどうだろう。また、同章の末尾には、ネットを匿名だと信じ込んで失敗してしまう少年が主人公の4コママンガ「悪口かくお君」が掲載されているが、これを3コマに減らしてみるのもアリ。ネットが匿名でないことを解説したあとなら、先生はオチを割らない3コママンガを使って「このあと、かくお君はどうなったでしょう?」と発問できるかもしれない。
2章についても、道徳の教材よろしく「ケータイメールで夜更かししちゃって失敗した」なんて生活文を載せて、果たしてどうすればよかったのか、話し合わせてみればいい。チェックシートでは、ケータイを持っていない子が参加できなくなってしまうが、想像を巡らせて話し合うことなら、ケータイがなくてもできる。そして、その話し合いは、いずれケータイを手にするときの心構えを知るきっかけにもなる。
おそらくMIAUは、9月の新学期スタートに合わせるべく、それはそれは急ピッチで本テキストを作成、リリースしたのだろう。情報リテラシー教育は喫緊の課題だけに気持ちはわかる。が、本当なら、発表前に、情報教育に明るい先生に本テキストを読んでもらい、どんな発問が可能か、ヒアリング。そして、それを付け加えた改訂版を使って、試験的に授業を行ってもらった上で、自サイトでその様子を実践例として公開するなど、具体的なテキストの活用法を紹介しつつ、リリースすべきだった。情報教育のプロ、学級運営のプロたる先生からなら、上記のようなボクの浅知恵よりも、より効果的な発問例を聞けただろうし、それを加えたテキストでの授業の様子をレポートできれば実践例も充実した。そうすれば、情報リテラシーに明るくない先生にとっても、使いやすい「教科書」になったはずだ。
MIAUによると、今回配布のテキストはまだ冒頭に過ぎず、今後、教育関係者の意見・要望をヒアリングした上で、引き続き「教科書」作りを進めていくという。やたらと長文になってしまったが、ボクの戯れ言にもちょいと耳を傾けていただけると幸いだ。とりあえず、アドバイザーとして先生を立てて、試し斬りをしてからリリースしてみると、いいかもよ。
【余談1】
上記引用のとおり、本テキストは、ロングホームルームでの使用も想定しているようだが、それはそれで結構実効性に欠く。ホームルームの時間に「ネットは匿名じゃないから、悪口を書いてはいけません」「メールの使いすぎに注意しましょう」といった「べからず集」をぶってしまうと、それは授業ではなく、生活指導に近くなる。で、ボクらもそうだったように、生活指導の先生のお説教なんて、ほとんど真剣に聞かないよね。ヤンキーの子なんて「タバコを吸うな」っつう、あからさまな違法行為を咎められているときですら、ロクに話を聞いてなかったし。特に後ろに手が回るわけではないメール依存について説教されても、まず聞かない。だからこそ、先生と子どもが一緒に考えるための発問や、パソコンやケータイを操作する体験といった「シカケ」が必要になる。
【余談2】
MIAUのテキストについて、もうひとつ。悪口かくお君のネームは、ちょっと考えた方がいいだろう。「バーカ、バーカ」だの「うんこぶりぶり」だの「頭悪いわねー」だのといった汚い言葉がバンバン登場し、子どもが逮捕されるような資料を、先生は授業で使いたがらない。というか、使わない。「なにを重箱の隅を突くようなことを」というかもしれないが、教科書においては子どもだけではなく、先生もユーザーのひとり。ユーザーが気持ちよく使える(使いたくなる)商品作りを目指すべきだろう。
【余談3】
以前紹介した、荻上チキ『12歳からのインターネット』を好ましく思う理由のひとつに、この発問例があり、体験的である点が挙げられる。ネットに関する素朴な疑問をQ&A形式で紹介する本なのだから、同書には、発問例がある、というより、発問例しかない。また、読み手である保護者や子どもは、まずQを読み、自分なりの回答を考えてみてから答え合わせをする、という体験もできる。「みんなで」だって考えられる分、MIAUのテキストよりも教科書っぽい。
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