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2008/10/17

7歳からのインターネット

そろそろ全国の小学校の職員室に宣伝用の見本が届いているらしいので、勝手に「いいはず」と解釈し、話してしまおう。

来年度、全国の小学校に(採択されれば)配布される、文溪堂の小学2~6年生用の道徳副読本の一部を執筆をした。

教育関係の専門用語を使ってキチンと書こうとしたら、なんだかわかりにくい漢字が山盛り出てきてしまった上に、明らかに言葉が足りてない。面倒くさいので、ざっくり書こう。

「登校途中、道に迷っているおばあさんを見かけた太郎くんは、おばあさんを助けるべく、ナビっていたら、遅刻してしまいました」

道徳の時間に読んだ副読本(道徳は教科ではないので「教科書」ではないのだが、まあ似たようなもん、と考えてほしい)に、こんなお話が載っていたのは、誰もが記憶にあることだろう。あの手の短編を、文溪堂という学校教材会社が制作する各学年向けの副読本に1本ずつ書かせていただいている。

ブログに官能小説の感想駄文を書き殴り、『週刊SPA!』誌の転職特集において「マグロの一本釣り漁師への転職」を真顔で提案する、名実ともに掛け値なしのボンクラライターたるボクが、なぜにそんな仕事をすることになったのか。

今年3月下旬に文科省が告示した「小学校学習指導要領」の第3章「道徳」に、こんな一文がある。

児童の発達の段階や特性等を考慮し,第2に示す道徳の内容との関連を踏まえ,情報モラルに関する指導に留意すること
これまた、ざっくり言うなら「来年度以降、小学校の情報モラル教育は道徳の時間にしなさいよ」と文科省が正式におっしゃっているわけだ。そして、新指導要領では、そのほかにもいろいろな改正が行われている。そこで、文溪堂をはじめ、学校教材各社は現行の道徳副読本を改訂することになったようだ。

文溪堂には『凶暴両親』執筆の際、小学校の先生や、大学で教職課程の指導をしている教授、発達心理学の先生などをご紹介いただいており、また、ボクはITライターとして今のキャリアをスタートさせている。そんな縁(と、ボクの恥も外聞も捨てきった売り込み)もあって、東京都北区立西ヶ原小学校副校長にして、文科省委託の「『情報モラル教育』指導手法等検討委員会」委員も務める野間俊彦先生と共作という形でお仕事をさせていただいた。

制作に当たって、まず、考えなくてはならなかったのは、小学校で指導すべき「情報モラル」とは、どんなものなのか。これについては、ご自身のブログで指摘しているとおり、野間先生が明快な回答をくださった。

■のまっちの情報教育通信「進化した著作権教育」
http://edublog.jp/noma/archive/283

今日、著作権教育関係の会議に出てきた。
いくつもの実践報告の文書を読んで、著作権教育もいい実践が行われるようになったと実感した。

2年ぐらい前は、著作権教育というより「著作権法教育」の色が濃く、「著作権は、著作者の死後50年たつとなくなります」(今は、70年の分野もある)みたいな授業や、唐突に著作権を取り上げた授業が多かったが、今日見た実践は、子供の心情に訴えるものや、ものづくりの過程で子供たちが著作権問題に直面するように計画されていたものがほとんどだった。

引用のエントリは著作権教育にのみ言及しているが、情報モラル教育においても、ボクらの考え方は同じだ。いきなり個別的な各論から入るのではなく、ネットに対する適切な心構えや心情を育む総論について考えることが大事。

調査機関や調査対象によって数字は異なるが、小学生のケータイ保有率は多くて3~4割。小学校のITデバイス設置状況も、情報教育に積極的な陰山英男先生が副校長を務める立命館小学校のように、電子黒板で授業をし、Felicaを使った児童証で出欠席を管理。児童のほぼ1人に1台、ノートPCを支給できる学校もあれば、パソコンルームに1クラス分にも満たない数のデスクトップPCしかない公立学校もある。

ITデバイスへの接触度合いがまちまち、というか、おしなべて低めの7~12歳児を相手に、野間先生の言葉を借りるなら「唐突に」、やれ「ブログはこう使え」だの、やれ「モバゲーは使い方を考えて遊ばないとヤベェぞ」なんて、やたら具体的な専門用語バリバリのテキストを渡したところで、これっぽっちもリアリティなど抱いてはもらえない。実際、野間先生の調査によると、モバゲーのアクティブユーザーがチラホラ増え始めるのは5年生くらいからだという。

ならば、ごく当たり前の生活風景の中で起きそうなエピソードやトラブルを描いた物語を読むことで「主人公はどうすべきだったのか」「ボクや私にも思い当たる節はないか」という、ITや情報に接触する上での心構えについて考えてもらう(道徳は説教の時間ではなく、道徳的心情を育む時間なので「説く」にあらず)ことが先決だ。

実際、野間先生ら「情報モラル教育」指導手法等検討委員会が制作した「情報モラル指導モデルカリキュラム表」を眺めてみても、セキュリティ意識や知財についての知識を深めるのは中学生から。小学生のうちは、ネットでのルールやきまり、空気を読むための基礎を知るべき、となっている。この表は、実際に学校で教鞭を執る教育のプロが考えたスケジュールだけに、子どもの知識や心の成長・発達段階と、IT機器、ネットの利用状況を十分に考慮しているのは当然のこと。各学年の小学生が確実に理解し、実践できる情報モラル教育のレベルの指標と見て、まず間違いないだろう。

そこで、学習指導要領はもちろん、同表にも準拠させる形でボクらが制作した情報モラル教育系資料が、これ。

■2年生「もりのけいじばん」
子ザルが、森の動物たちがみんなで使う掲示板(町内会の掲示板みたいなもん)に「今度、自転車を買ってもらうんだ」という貼り紙をしてしまう、というマンガ。「規則を尊重する気持ち」や「公徳心」を養いつつ、パブリックなスペースに情報をアップするときのマナーについて考えてもらうのがねらい。

■3年生「手紙を書くね」
夏休みの数日をいとこの男の子の家で過ごした女の子が「帰ったら手紙を書くね」と約束したものの、1日、2日、書くことを忘れてしまい、慌てて「楽しかったです。また遊んでね」的なテキトーなハガキを送ることに。すると、そのいとこから、どエラい丁寧な封書が届き、恥ずかしい思いをしてしまった。言葉足らずのコミュニケーションは礼儀に欠くし、気持ちを十全に理解してもらえないよ、っつうお話。

■4年生「和がし屋さんの写真」
夏休みの自由研究「街の名物地図」作りのために老舗和菓子屋を取材することにした子が、忙しそうにしている和菓子屋のご主人に気兼ねして、ダマで写真を撮ってしまう。肖像権のお話。まさに、野間先生言うところの「ものづくりの過程で子供たちが著作権問題に直面するよう計画」してみたり。

■5年生「だれも知らないニュース」
下校の道すがら、ちょいと耳にした、あるタレントに関する噂話を、ファン掲示板に書き込んでしまう女の子。いわゆる「ソースを出せ」って話。なんぼ自由に発言できるスペースであっても、確度の足りない情報は安易に公開しない自律的な子になってね、と。

■6年生「やっぱり気になる」
アニメのファンサイトで、自分の書き込みについて、ほかのファンからツッコミを入れられた女の子。いよいよハードなツッコミが入ったとき、キレてケンカを売りそうになるも……。主題は相手の意見を尊重する気持ちを育むことながら、裏テーマは「スルー力」。

個人的には6年生向けの資料が一番のお気に入りだ。以前書いた「『12歳からのインターネット』の書評っぽいもの」のとおり、学校では、その性格上「ネットの悪口に対しては全力スルーでひとつ」とは、なかなか言いにくい。さりとて、スルー力はネットを使う上でぜひとも習得しておきたい。そこで、先生に指導していただけそうな格好にどうにかソフトランディングさせてみた。結構、画期的な試みだと自負している。

さて、ここまで延々と書いてきたのだから、最後は「来年4月配本。読んでね」で締めるに越したことはない。のだが、コイツは学校配布の副読本。学校直販商品のため、やたらと発行部数はあるものの(新聞を除けば、ボクが記事を書いた媒体の中では最大部数かも)、書店売りはナシ。相変わらず「打てども響かねぇ告知ばっかだな」というツッコミもあろうが、情報モラル教育のエキスパート中のエキスパートと一緒に制作し、副読本を採択した小学校の子どもが確実に目にするという点では、どんな類書よりも実効性と影響力のある資料を作成できた自信はある。

不肖・成松、実はこんな仕事もできるんスよ(笑)。

【付記】
教科書や副読本のような学校教材の場合、子ども向けの教科書・副読本とあわせて「それらを使ってこんな風に授業を展開してみてはいかがでしょう」と提案する「教師用指導書」というものも制作する。各学年向けの指導書中には、もちろん上記のような資料制作の意図・寓意について記載したが、5年生向けでは、あわせてコラムという形で参考書籍を紹介している。取り上げたのは『児童心理2008年10月号臨時増刊 ケータイ、ネットの闇』と『12歳からのインターネット』の2冊。

『ケータイ、ネットの闇』は、金子書房の雑誌『児童心理』の別冊。野間先生など、学校の先生から、『学校裏サイト』の著者・渋井哲也ら、学校周縁から情報リテラシー教育を見つめるライターまで、いろいろな立場の面々が、今の学校と子どもを取り巻く状況を解説する一冊。子どもの好むサイトや流行りの用語・コンテンツ、裏サイトの現状、家庭でできるネット教育などを紹介する。「紙芝居の昔からニューメディアっつうもんは理不尽に叩かれる宿命にあるんだよ」「実は子どもって、それほどヤバいネットの使い方はしてないよ」と、単に恐怖を煽るのではなく、冷静に現状を俯瞰しているのが◎。

『12歳からの~』については本文中のリンクのとおり。ネットにアクセスする上での心構えを平易に説いている。荻上さんご本人がネット教育についての議論をドライブさせるための一冊と捉えている向きもあるので「これさえあれば大丈夫」というわけではないものの、考えるヒントとしては十分すぎる内容になっている。

いずれも書店で買えるので、ぜひ。もちろん、下記アマゾンアソシエイトのリンクを踏んづけていただいてもOK!(笑)

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2008/10/16

校長先生に言いつけてやれ!

産経新聞首都圏版10月8日朝刊27面の記事「就学前に親を“指南”」にコメントゲストとしてお呼ばれした。今さら8日の新聞記事の話。しかも「MSN産経」にWeb版の記事はナシ。1週間経った今となっては、図書館に行くなど、妙な手間をかけなきゃ読めやしない。打てどもまるで響かない告知で、ホントすみません。

いや、だって、取材してくれた記者さんが「掲載日は未定」って言ってたから、掲載日に新聞買えなかったし……。見本紙が手元に届いたの、今日だし……。

さあ「他人のせいにする」という下衆にもほどがある言い訳はオシマイだ。読めもしない新聞記事の見出しだけ紹介してもしかたがないので、記事をおさらいしてみよう。

この記事は「9月末から静岡県教委が来春小学校に入学予定の児童の保護者全員を対象に家庭教育講座を開催し始めている」というもの。この講座には、いわゆる「モンスターペアレント」対応の意味合いもある。講座を受けてもらうことで、親が「モンスター」化するのを防ぎたい教委の思惑はわかった。じゃあ、苦情や要求を寄せられた学校は、なにをすればいいと思う?

これが、おおよその取材内容だ。そして、ボクの回答はこんな感じ。

一般的な企業の場合「営業部」や「総務課」というようにチームでひとつの仕事に取り組むことは当たり前。一方、先生は、基本的にひとりでクラスを切り盛りしている。だからか、クライアントたる保護者から苦情が寄せられたときも、自力で解決しようとしがち。

ところが、営業の仕事や接客の仕事と違って、学校の先生という仕事は、外交的・営業的性格をあまり持ち合わせていない。そのため、どうしても交渉ごとに対するスキルを培いにくい。そんな交渉下手だから、対応をしくじることも少なくない。そして、保護者の苦情や要求はエスカレートし、先生は無用なストレスや病気を抱え込んでしまう。

なら、どうすればいいか。その答えが本エントリのタイトルだ。

「校長先生にチクればいいじゃん」

校長や副校長、学年主任、ほかのクラスの先生に相談してみればいい。三人寄れば文殊の知恵。しかも知恵を借りるのは、校長以下、経験豊富な面々。ひとりで悩むよりも、ずっとマシな解決法が見つかるはずだ。そもそも、上司への「報告」「連絡」「相談」はビジネスの世界の鉄の掟。トラブルを自力でモミ消せないなら、なんぼカッチョ悪くとも、上司に報告・相談すべきだろう。

それに「自分の苦情や悩みを校長自らが聞いてくれる」とあらば、保護者も納得してくれるかもしれない。

川田茂雄の著書のタイトルではないが「社長を出せ!」は、文句言いのみなさんの常套句だ。無理難題をふっかけて相手を困らせようとしている意地悪なひと言ではあるが、この言葉には、実は別の意図もあるように思う。溜飲を下げたいし、相手の誠意が見たいのだろう。

社長は偉い。その偉い人が、面倒くさい客たる自分に頭を下げたとあれば、多少は溜飲が下がるというものだろうし、わざわざ偉い人にご足労願った企業の誠意も感じられるかもしれない。

ならば、いっそのこと、社長を出してしまってはどうだろう。どこぞの大企業ならいざ知らず、学校では、たいていの場合、保護者が怒鳴り込んできた職員室のすぐ隣の校長室にいるはずなのだ、学校における社長っぽい立場の人が。アイツを呼んでしまえ。いわゆる「モンスターペアレント」の数など、微々たるもの。学校に数人いればいいところだ。年に数回、苦情に対応することなど、校長にとってもそれほど手間でもあるまい。

一般誌に冗談とも本気ともつかないような原稿を書くのが本業のボクではあるが、さすがに発行部数・数百万はくだらない新聞相手になんの根拠もないバカ話をしているわけではない。

拙著『凶暴両親』執筆時に取材した、ある大学教授(元校長)は「学校の中で一番ヒマなのは校長。だって受け持ちのクラスはないし、毎時間授業をやることもないんだから。先生がたは、困ったこと、手に負えないことが起きたときには、このヒマな人材を活用すればいいんですよ」「責任を取るのが責任者の仕事なんだから」と笑っていた。また、教育委員会に籍を置いていた経験もあるからか「教育委員会に報告したっていい。あらかじめ『ちょっと重大な案件を持ち込むことになるかもしれない』と伝えておけば、もしも苦情が教委に飛び火しても、然るべき対応をしてくれる」とも。

「校長を出せ!」「教委に言うぞ!」は保護者だけのものじゃない。先生にとっても必殺技になり得るよ。

なんてことを10分くらい電話口に向かって垂れ流してみたのだが、こんなダラダラ話では、およそ新聞記事になり得ない。そのため、記事中では、非常にエッセンシャルにまとめられている。18字×10行のコメント全文を引用するのはさすがにイカン気がするので、多少抜粋すると、

最近は教師の側もきまじめで交渉能力の低い先生が多く、1人で抱え込みやすい。早く上司に相談して学校全体で取り組むべき。
「【B面】犬にかぶらせろ!」で速水健朗さんが披露する一件ほど、面白おかしい事態は巻き起こしていないが、すべてを断定口調で語る「モンスターペアレントの実態をルポした『凶暴両親』の著者、成松哲さん」が、先生に対してやたらとハードヒッティングで、妙に威勢がいい人物に見えるのは事実。

なんでこんなことになったのか。記者さんに非はない。引用部分は過激に映る気もするが、少ない文字数のコメントのそこここに最大限ご配慮いただいている形跡が見て取れる。原因は多分にボクにある。

「ある大学教授から、こんな話を聞いたことがあるんだけどね」なんて又聞きの噂話みたいな「識者コメント」が載っている新聞記事、ボク自身、読みたかねぇもん。己の主張をメディアが望むデザインにギリギリまで変形しつつ、クリアカットに言い切ってこその「識者」「事情通」ってもんだ。

今回は珍しく取材される側だったが、もともとボクは取材する側の人間。これまで多くの方にお話しをうかがってきたが、媒体や企画のノリを判ってくれているインタビュイーの取材ほど短時間で済み、原稿もあっという間に書き上がる。聞いたまんまを文字に起こせばいいんだから。そんな経験則から考えるに、モテる識者になるには「空気を読み」「吐いた唾は飲まない」ことが大切なのだろう。そういう人間に、私はなりたい。

まあ、こんなところで、自分の発言のフォローに必死になっているうちは、そんなもんになんぞなれないんだけどなっ!

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