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2008/11/28

ブログを移転します

■三十路でアニメ@hatena
http://d.hatena.ne.jp/narima74/

このたび、拙ブログをココログからはてなダイアリーに移転することにいたしました。

「はてダへの移行を考えている」と話したところ、あるかた、というか速水健朗さんから「はてダはなんだか検索経由のアクセスが意外と少なめ。全方位的に開けているココログの方が長期的に見るとPVが集まるよ」とのアドバイスもちょうだいしたのですが、エントリの移転作業中「呪いなきオタク中学生」を3人のはてブユーザーのかたが捕捉。その瞬間からのアクセスの上がりようったら……。ブクマはもちろん、ダイアリーやら、トップページにすらホッテントリが表示されるはてなの仕組み、スゲー。その魅力にはどうしても抗いがたく、移転することを決めてしまいました。速水さん、ごめんなさい。

ココログを即閉鎖するわけではなく、そのままの状態にしておきますが、今後のエントリは、はてダに投稿いたします。ブラウザのブックマークやRSSリーダーに拙ブログをご登録のかたは、お手数ですが、ブックマーク先、RSSの取得先を上記URLからのものに変更をしていただけると幸いです。

最後になりますが、これからもよろしくお願いいたします。

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2008/11/18

いきなりキレるなっ! まずモニョれっ!

■ARTIFACT@ハテナ系「空気を読む文科省には、非専門家の安易な教育論は無視しろと言えばいい」
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20081118/education

先日、加野瀬未友さんが「ARTIFACT@ハテナ系」に記したエントリ「『日本語が亡びるとき』を読まずに騒動だけ見た感想」が、いらぬ誤解を招いたようなので、訂正しよう、というのが↑のエントリ。「『日本語が亡びるとき』を読まずに~」に書いた、

基本的に非教育分野の人が「教育で○○すべし」という教育論系の書籍はトンデモまじっていること多いんで、まず読まない。書籍だけではなく、そういう教育論をやたらとぶつ人は、大体ロクでもないんで、いいフィルタリングになってる。
というテキストが「非教育分野の人間は教育を語るな!」と言っているように取られてしまって困った、と加野瀬さんは言う。ボクも「『日本語が亡びるとき』を読まずに~」を読み、なんで異分野・異業種の人ですらみんなが教育論をぶちたがるのか、について書いてみた。そして、冒頭のリンク先ではその引用をしていただいている。しかも、

■狐の王国「空気読み国家の国民は「日本語が亡びるとき」をやっぱり読んでおけ」
http://d.hatena.ne.jp/KoshianX/20081115/1226775142

加野瀬さんにツッコミを入れた「狐の王国」には、以下のような一文がある。

とにかく教育は誰でも経験してるから簡単に語りがちだなんていって遠慮してる場合じゃない。
加野瀬さんは「教育は誰でも経験してるから簡単に語りがちだ」なんて、ひと言も言っていない。言ったのはボクだ。というわけで、勝手に当事者を気取ってコメントさせていただこう。

冒頭リンク先の引用箇所や、拙ブログの先日のエントリをお読みいただければわかるが、ボクはやたらと威勢のいいことを書いている。ざっくり言ってしまえば「オレ的教育論を語る人の一部はオナニーをしたいだけ」。我がことながらヒドいことを言う人もいたもんだ。

自己処罰はさておき、オナニーなんて書いてはみたものの、別に誰もが活発に教育談義をすること自体は否定しない。むしろ望ましいことだ。加野瀬さんは、

「非専門家の安易な教育論には価値がないと考えているので、自分としては耳を傾ける必要を感じていない」「安易な教育論を語る人間を自分は評価しない」というものだ。教育論を語りたい人にはどんどん語って欲しい。個人のフィルタリングが簡単にできるので、自分としては助かるから。
なんて少し意地悪な言い方をしているが、他人をオナニスト呼ばわりするボクですら「教育論を語りたい人にはどんどん語って欲しい」については大いに同意したい。「素人だからなどと尻込みしていると、大声を張り上げるバカの珍論奇論がまかり通る。みんな、もっと声を上げるべき」と語る「狐の王国」にも、もちろん賛成だ。

学校を揶揄する言葉に「学校の世間知らず」というものがある。学校、保護者、そして社会が「先生を国の宝たる子どもを育てる『聖職』、学校をその子どもが集まる『聖域』」というアンタッチャブルな存在に仕立てたばっかりに、先生や学校の価値観が世間様とちょいとズレちゃあいませんか? というお話だ。

「営業的性格を持たない仕事だから交渉ごとや謝罪が極端に苦手で、経済活動をしないからおカネが絡んだトラブルの処理がヘタ」なんていうのが「学校の世間知らず」派の主な意見。また、個人的には、ジャージで教壇に立つ先生もどうかと思う。チョークで服が汚れるのがイヤなのはわかるけど、体育の先生でもない限り、スーツを着ようよ。子どもの服装検査をするご身分なんだからさぁ。それ以前に地方公務員なんだし。

かようにツッコミどころの多い先生と学校ではあるが、先生とて、いや、先生だからこそバカじゃあない。自分たちと世間様がどこかズレていることは十分承知しているのだ。ただ、先生に限らず、自分は他人と「どこがズレているのか」なんて簡単に自己認識できはしない。だから、拙著『凶暴両親』の取材時、お話をうかがった先生の多くは、学校にクレームが寄せられること自体は「当然のこと」と受け止めている。むしろ、自分では気づきにくいから「お前ズレてるよ」とツッコんでほしいとすら希望する。

「狐の王国」では「空気を読むこと」についてネガティブに語られるが、自らに「世間知らず」という弱点があることを知っているからこそ、先生や学校、文科省は「空気を読みたい」と望んでいる。ならば、プロアマ問わず、大いに教育について語るべきだ。そして、世間の空気を教えてやるべきなだろう。

ただ、門外漢の語る教育論の多くがボクには陳腐に映ってしかたがないのは事実。オナニーなら隠れたところでやってくれ。

門外漢とて議論はすべきだが、その主張はたいてい安く見える。このジレンマを解消するには、単純に口の利き方に注意すればいい。上記引用の加野瀬さんの言葉のように、ド素人が考えなしに「○○すべし」と断言してしまうから、それを聞かされる先生はおろか、ボクらですら「バカじゃねぇの」と閉口したくなってしまう。本やブログを書く人ならいざ知らず、保護者会の席上の父母ですら、会話の初手から強い調子で言い切っちゃうのはどうしてだろう。無知のまま大声でトンデモを叫ぶバカは、最悪「モンスターペアレント」なる、名誉毀損以外のなにものでもないレッテルをちょうだいすることになるにも関わらず、だ。

結局、どうすればいいのか。

疑問文に置き換えりゃあいいのだ。「体罰を容認すべし!」「授業時数を増やすべし!」と言うから、聞く気が失せる。

「オレが子どものころは、しょっちゅう先生にゲンコツもらってたもんだけど、最近は『子どものジンケンをソンチョー』とやらで殴っちゃいけなくなったんスか?」

「先生、ニュースなんかで『ゆとり教育は子どもをバカにする』なんて言ってますけど、あれ、マジっすか? マジならチョーおっかないんですけど」

と尋ねることはできないのだろうか。この言い回しなら当たり障りがないし、まず無視もされない。聞かれた先生は、なにかしらの回答を返してくれるはずだ。しかも、素朴な疑問とも受け取られまい。回答者である先生は「ああ、この人は体罰をアリだと思ってるな」「ゆとり教育にあまりいいイメージを持っていないな」と、裏に潜む質問者の意図、主張を察してくれるはずだ。そして、きっと、体罰の是非について、ゆとり教育の成否について、プロという立場から意見してくれる。もしも、それが世間からあまりにズレた「空気の読めていない」意見だったなら反論すればいい。そんな手順を踏んだって、遅きに失することはないはずだ。

教育について、ひいては政治や社会について、みんながアレコレ考えて、議論することが無益なわけがない。ただ言い方ってもんがあるだろう。

これがボクの結論だ。そして、その言い方について書かれた1冊をボクはスゲー知っている。下のアマゾンリンクがそれだ。そう、ここまでダラダラ書いてきたことは、すべて拙著の宣伝だ。売文屋のはしくれである以上、たとえ己のブログに書き殴った駄文とてカネに替えさせていただきますが、なにか?

ついでにもうひとつ。先生や学校、文科省は、けっしてバカの大声に押し流されたりはしない。むしろ、十分に「空気を読んで」議論を重ねている。

「狐の王国」の外国語教育のくだりを例に出すなら、教育再生会議を発足したりと、教育施策にやたらと熱心だった安倍総理は、当時「小学校でも外国語教育をすべし」と、いかにもなオレ節教育論をブチ上げた。ところが、その右腕たる伊吹文科大臣は「美しい日本語を操ることすらおぼつかない小学生に外国語なんて教えても混乱するだけ。安易に『外国語、外国語』言うな」と、子どもの発達段階を踏まえた上で、これをバッサリ斬り捨てた。そして、その後、議論を経てから、ようやく今年3月告示の新学習指導要領において、はじめて小学校での外国語教育が必修と相成っている(実際の運用は来年度からなので、小学校での外国語教育の是非については、今はさておく)。

また「空いた時間を国語に突っ込んで、とにかく読解力と国語で書く力を上げさせる」との見解についてだが、新指導要領には「小学校1~5年生において国語の授業時数を増やすべし」とある。狐の王国の管理人氏のような理知的な人々の意見や主張は、ちゃんと文科省に届いているのだ。

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2008/11/13

ビジスタニュースに寄稿しました

■週刊ビジンスタニュース「●部屋が猥雑の私●」
http://www.sbcr.jp/bisista/mail/art.asp?newsid=3338

ソフトバンククリエイティブのメールマガジン「週刊ビジスタニュース」の先週配信分に寄稿しました。お題は、情報モラル教育について。子どもがネットでなんかやらかすと「情報モラル教育が!」とか「情報リテラシー教育が!」とか言っちゃいがちだけど、お前ら、情報モラル教育って言いたいだけちゃうんか、と。そういうお話をしています。で、対向が速水健朗さんの米大統領選とTシャツ(と私)。パブリシティメディアとしてのTシャツの話をなさってます。

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2008/11/12

ボクにも語れた教育論

■ARTIFACT@ハテナ系「『日本語が亡びるとき』を読まずに騒動だけ見た感想」
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20081111/japaneseruined

水村美苗『日本語が亡びるとき』を巡って、ネット界隈であれやこれやの議論が巻き起こっている。まあ、それはどうでもよろしい。残念ながら読んでいないため、テキトーなことを書き散らそうものなら(書く気もないが)、リンクの加野瀬さんの言葉のとおり、ボクは「『読まずに批判するバカ』『本を読まずに内容がわかるエスパー』という箱」に放り込まれてしまう。

それでも、このエントリを書いてみたのは、ARTIFACT@ハテナ系に以下の一文があったから。

基本的に非教育分野の人が「教育で○○すべし」という教育論系の書籍はトンデモまじっていること多いんで、まず読まない。書籍だけではなく、そういう教育論をやたらとぶつ人は、大体ロクでもないんで、いいフィルタリングになってる。教育論って、別に専門知識なくても、誰でも何か言えちゃう分野だから、そういう人が混じりやすいんだろうけど。
いや、お見事。素晴らしい見識だ。

実は、拙著『凶暴両親』でも、モンスターペアレント問題をはじめ、教育問題が起きると、ワイドショーのコメンテーターからタクシー運転手にいたるまで、みんながみんな、嬉々としてオレなりの教育論を語りたがるのはなぜか。そして、それがいかに空疎なものなのかについて結構なページを割いてエラそうにぶたせていただいている(というか、モンスターペアレント問題の処方箋よりも、そっちが主題の本だ、アレは)。同じことを語っておきながら、なぜ加野瀬さんのエントリは多くの人々に届き、ボクの本は、あまりに申し訳なくて担当編集の顔がまともに見られないほど売れないのか。出版不況が原因なのか。ボクの筆力不足ゆえなのか。考えれば考えるだけ、うつがヒドくなりそうなので、次に進もう。

さて、なぜ「教育論って、別に専門知識なくても、誰でも何か言えちゃう分野」なのか。これは実に簡単。日本人の大半が学校に通っていた時期があるから。そして、今、我が子を学校に通わせる立場だから。学校のエンドユーザーだった、または、今現在エンドユーザーだから「学校とはどんなものなのか」をイメージしやすい。

そして、想像に及ぶことは語りやすい。『凶暴両親』の中では「サブプライムローン問題」を引き合いに出したが、アメリカの低所得者層向け住宅ローンがこげつくと、なんで日本が左前になるのか。それをどう克服すべきかなど、経済評論家でもない限り、クリアに解説できる人はそうはいないはず。金融や投資の現場にいないから。ところが、教育問題の場合、誰もが学校という現場に立っていた(立っている)という「当事者意識」があるから、とりあえず、なんらかの感慨、感想、意見を抱く。そして、意見があるから、発表、議論したくなる。「オレが子どものころは先生に平気でぶたれたもんだ。だから体罰を容認しろ」「今の学校はゆとり教育で授業時数が少ない。これじゃ頭が悪くなる。詰め込み型教育を復活させろ」。

でも、加野瀬さんの指摘のとおり、当事者意識バリバリの床屋政談チックな教育論は、たいてい陳腐だ。お前は先生から体罰を受けたおかげでスクスク育ったのかもしれないし、当時の学校生活がスゲー楽しかったのかもしれないけど、それが「今、学校に通っている子どもに体罰を与えるとスクスク育つこと」「グレないこと」の証明にはなるまい。体罰を受けた子どもと、受けなかった子どものスクスク度合いにはどのくらい違いがあるものか、体罰の効能を実証することもかなうまい。ゆとり教育以前の教育を受けた子どもたる自分が、今の子どもより賢いことを証明できるか、と言われれば、それもムリ。話題になりがちなOECDの学力調査結果を持ち出すつもりなら、勘弁願う。あれ、ゆとり教育導入後から実施された調査だから、いわゆる「ゆとり」の子の学力の推移を知る指標にこそなれど、ゆとり以前の子どもよりバカなことの証拠にはならない。

結局、今の学校の現状や「公」教育のあり方、お上の教育政策など、まるで知りもしないまま、めいめいの美しい(と信じ込んでいる)想い出と報道(の中でも自分に都合のいいもの)だけを根拠に私論をぶっているだけ。こんなもの、夜な夜な飲み屋の酔客どもがプロ野球やサッカーナショナルチームの采配を云々するのと同じ。あれも、ガキのころの草野球や体育の授業のサッカーの経験とスポーツ新聞の記事をもとに、プロフェッショナルの仕事に対して知った風な口を利いているだけなんだから。

あと、年寄りの語る教育論は「今の若いモンは!」の置き換え語。イマドキの若者に不満があるから、その原因を教育に求めたがる。「オレらのころの学校はこうだったのに、今はああだから、若者がダメになっている。オレの生き方を見習え」って言いたいんだろう。そして、もうひとり、今現在、自分が不幸せだと思っている人も語りがち。今の不幸の原因を教育に求め、批判することで自分を慰めたいんだろう。教育オナニーだ。

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2008/11/07

オヤジを手斧でヤっちゃわない十代の嗜む『ひぐらしのなく頃に』

■age嬢とかすきすきにっき「オタク趣味を公言する読モはそう珍しい存在ではないのかしら」
http://d.hatena.ne.jp/age_jo/20081107/1226050344

↑は、拙ブログの「呪いなきオタク中学生」をリンクのみならず、補強してくださるエントリ。ティーン誌のモデルのコたちのブログからヲタっぽいホンネを引っ張り出している。マッシブなことになっているモデルブログのレイアウトや文字組みは、なかなかスパイシーだったが、非常に興味深く読ませていただいた。

曰く『nicola』モデル・高屋敷彩乃は、アニメ『コードギアス』の版権イラスト「浴衣姿のルルーシュ」に萌え転がり、『egg』『ポップティーン』『小悪魔ageha』のモデル・飛鳥バネッサは『ひぐらしのなく頃に』のファン。『Vanilla girl』の八鍬里美は、ゲーム『無双OROCHI魔王再臨』の石田三成(もちろん美形キャラにデフォルメ済み)に「みっくん」なるニックネームをつけて愛でている、と。確かにいずれのコンテンツも子どもの間で評判がよろしい。実際、高屋敷彩乃のブログにも「ルルーシュかっこいい・・・☆」とか「私は、ルルーシュよりもロロ派です」とか「ヲたく暦何年ですか?」なんてコメントが多数ぶら下がっている。「age嬢とか~」の管理人・age_joさんの指摘するとおり、若いライトオタクにはホントに屈託がないようだ。

上記コンテンツ群の中でも一番人気は『ひぐらし』だ。昨年、父親の首を斧で刎ねたコがコミックスを持っていたことが話題になったが、そんな「猟奇的な彼女」にだけ支持されているわけではない。以前、情報モラル系教材制作の参考に、多くの小(中)学生専用掲示板にアクセスしてみたところ、意外とマンガやアニメの話題は低調な中、どこにでも必ず『ひぐらし』スレは立てられていた。アニメ版『ひぐらし』のスレでは、その週放送になったエピソードの話題で盛り上がったり、次の展開を予想しあったりしていて、コミックス版のスレでは好きなシーンやキャラクターの話に華が咲く。ゲーム版のスレでは攻略法、っつうか謎解きが話題になっていた。

この小学生掲示板、教材の制作なんぞに携わっている身としては、結構勇気づけられる。スレ主、いわゆる「1さん」は「『ひぐらしのなく頃に』の話で盛り上がりましょう!」なんて宣言とともに、決まって「煽り、荒らし禁止」「ネタバレ禁止」というローカルルールを箇条書きにする。そして「2さん」以降は、それを意外とちゃんと守る。イタズラでアダルト画像を貼るヤツがいれば、直下に「エロ画像、注意」なんて書き込みが加えられ、ネタバレするヤツには「1を読め」とツッコミが入る。自治、自浄作用がちゃんと働くのだ。やるじゃん、子ども。

さて、ものの本によると、『ひぐらし』が子どもにウケる理由は、発達心理学で説明できるらしい。なんでも、子どもというのは小学校高学年くらいになると「抽象的思考」ができるようになるという。

数学の世界で抽象的思考というと、正方形だろうと、台形だろうと、平行四辺形だろうと、とりあえず、その形や大きさを無視して、四辺に囲まれた図形という共通の性質だけを取り出して「=すべて四角形」と関連づけられる力のことをいうのだが、ここで指すのはちょっと違う。

もはや小学校高学年ですら20年以上前のことのため、イマイチ実感は薄いが、小さいうちは「お天道様が見ているよ」と諭されても、あまりピンとはこない。なんなら「太陽がどうやってオレのことを見んだよ」くらいの頭の悪いことを考えてしまっていたらしい。ところが、小学校も5年生ともなると、それが「世間様」の比喩表現であることが、さすがにわかるようになる。この「お天道様」という「抽象的概念」が理解できることを、抽象的思考と呼ぶそうだ。歴史の授業が高学年で登場するのも、「昔」という抽象的な概念を理解できるようになるのが、そのくらいの年齢からだからといわれている。

で、抽象的思考が可能になると、妙な言い方だが、お化けのような、本来ありもしない抽象的なものを“怖がれる”ようになる。ローティーンの子どもが大人以上にホラーやオカルトが好きなのは、この抽象的思考に基づく恐怖が、これまで体験したことのない新鮮な刺激だから、というわけ。「閉鎖的な寒村の因習」だの「オヤシロさまの祟り」だのといった、それこそ目に見えないものばかりが物語の軸になっている『ひぐらし』は、彼らにとって、そら、たまらなくエキサイティングなんだろう。だから『ひぐらし』を愛読している子どもは叱っちゃいけない。それは、正しく心と脳が発達していて、ちゃんと抽象的思考術を獲得している証拠なんだから。

ちなみに、小学生掲示板で、もうひとつ人気のマンガ・アニメが『銀魂』。『ひぐらし』同様、たいていの掲示板に決まって1つはスレッドがある。一方で抽象的思考なんて高度な技術を身につけておきながら、なんのかんのでウンコやチンコが大好き! バカだなぁ、子ども。

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2008/11/06

成海璃子の音楽センス

『Hana*chu→』でもうひとつ。

12月号「ハナチューモデル&読モに聞きましたっ! ウチらの『着うた』 今はこの曲」。だいたいのコが、KOH+だの、絢香×コブクロだの、GReeeNだの、童子-Tだの、aikoだの、安室奈美恵だの、浜崎あゆみだの、悲愴感だのをチョイスするなか、成海璃子の着うたは椎名林檎『丸の内サディスティック』と、SUPER BUTTER DOGの『サヨナラCOLOR』。いいね、こういう中2病丸出しのトンガリかた。

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2008/11/05

呪いなきオタク中学生

先日「雑誌『Hana*chu→』曰く、ハルヒダンスが中学生の間でちょいと熱いことになってるらしいよ」というエントリを記した。エントリをお読みいただければわかるが、雑誌記事中に女子中学生のコメントがあるわけじゃなし、正直な話、当時は「女子中学生はみ~んな『ハレ晴れ~』の振りをマスターしてる!」と言い切ることはできなかった。「もし、ファッション誌読者=ケータイ小説読者が『ハレ晴れ~』に興味があるなら、クラスのラノベ君と仲良くしてみてほしい」というエントリのオチに対して、ちょうだいしたのだろう

先入観なく受け入れられるのだろうか
という、はてブコメントについても「おっしゃるとおり、確かに難しいのかなぁ」なんて共感したりしていた。

が、ここ最近、ちょっと認識をあらためようとしている自分がいる。というのも、いまだ言い切ることはできないまでも「ホントにちぃとは熱いのかも」と思わせてくれる雑誌記事にいくつか出くわしたのだ。

ひとつめは、やっぱり『Hana*chu→』。その10月号では「さぁ、2学期! ウチら花の中学生 やっぱ学校オモロー!」なる大特集が展開されている(まるで余談だが、こんくらい、やたらなテンションの惹句、キャッチの書ける立派なライターに私はなりたい)。

これがホントに大特集で、全国の読者を対象に、通学カバンの中身やら部活動自慢、給食自慢、学校の名物、学年別制服改造に関する暗黙の了解事項など、中学生活に関するありとあらゆることについてアンケート調査を敢行。代表的な回答や一風変わった回答を学校名付きで紹介している。

で、注目したいのが「全国中学生に聞きましたーっ! いま『お昼の放送』でコレかかってまーすっ!」。「給食の時間に流れる校内放送では、どんな曲がかかっていますか?」という調査項目だ。

お昼はオルゴールミュージック(って古い?)なんて思ってたら、みんなの学校ではMステ並みのヒット曲オンパレード♪
とのキャッチのとおり、北海道江別野幌中学校では大塚愛の『ロケットスニーカー』が、そして神奈川県横浜女学院中学校ではPerfume『ポリリズム』、茨城県佐野中学校では絢香『おかえり』、広島県廿日市中学校では羞恥心『泣かないで』が流れていますよ、といった具合。そのほか『ポニョ』の歌とか、宇多田ヒカルとか、いきものがかりとか、紹介されている24校がセレクトした楽曲、ミュージシャンは、どれも売れ線ばかりなのだが、その中にバッチリ入っているわけだ。岩手県盛岡仙北中学校の『ハレ晴れユカイ』と、秋田県大館第一中学校の『もってけ! セーラーふく』が。

繰り返すが、これは読者対象のアンケート結果。曲を流すのは放送委員や放送部員だろうが、『Hana*chu→』編集部に「ウチのガッコの昼メシ時には『ハレ晴れ~』が流れてるよ」とレポートしたのはファッション誌の読者だ。そんなオサレさんたちが、ちゃんと『ハレ晴れ~』や『もってけ!~』の存在を認識しているわけだ。そして、わざわざアンケートに書いてよこすのだから、おそらく愛聴していたり、面白がったりしているのだろう。

もうひとつの記事は、新潮社の女子中学生誌『nicola』12月号「まりきょんがたまる! 渋谷&原宿クルーズ密着!!」。同誌一番人気なのだろう専属モデルの西内まりや日南響子(ふたりの名前を合わせて「まりきょん」のようだ)が、自身も通う(たまる)という原宿と渋谷のプレイスポットを紹介する企画だ。

カラオケボックス「歌広場 渋谷センター街本館」を紹介するカコミには、ふたりのカラオケレパートリーが載っているのだが、まりきょんのきょん担当、日南のセレクトが異常に偏っていて面白い。『もってけ! セーラーふく』に、ALI PROJECTの『禁じられた遊び』(麻生太郎閣下も大好き『ローゼンメイデン』のアニメ版の主題歌)と『恋せよ乙女』。全7曲中3曲は、そっち系だ。ニックネームが「きょん」だからだろうか。

同ページ中には、ふたりのお気に入りグッズを相撲の番付形式(一番好きなものが横綱。以下、大関、関脇、小結~と好きなものの名前が並ぶ)で紹介する「まりきょん場所☆私物番付」という企画もあるが、こちらでもきょんは魅せてくれる。その大関は「ヲタまんが」。『らき☆すた』と『xxxHOLiC』がお好みで、お気に入りのヲタまんがは「友達に借りたり、アニメイトに行って見つけたり」するそうだ。またまた繰り返すが、アリプロを高らかに歌い上げ、アニメイトで『らき☆すた』を買うのは、ジュニアモデル、女子中学生の憧れの的だ。

ファッションにバリバリ興味関心を抱きながら、なんなら自らがファッションリーダーでありながら、給食の時間に流れる『ハレ晴れ~』を楽しみにし、アリプロを熱唱する女子中学生は「呪いなきオタク」とでも言うべき存在だ。「オタク vs オサレ」「オタク=カッコ悪い」という従来のオタクにまつわる呪縛を易々と飛び越える。

『電車男』のヒット以降、いかにもなイケメンさんがテレビで「オレってオタクなんスよ」と知った風な口をきくことも珍しくなくなった。しかし、ヤツらの指すオタクコンテンツは『ガンダム』『エヴァンゲリオン』『スターウォーズ』がせいぜい。そんなもん、とうの昔に、ごくごくフツーのユースカルチャーに組み込まれてるっつうの。

その点『もってけ!~』やアリプロは、まだまだ一般性が高くない。しかし、彼女たちは、それが面白く、キャッチーだと感じられさえすれば、喜んで乗っかるし、そのことをあっけらかんと表明する。そこには、なんらの照れもなければ、マニアックを気取りたがるイケメンくんのようなスカしたカッコつけもない。若いっていいなぁ。

【追記】
ただ『Hana*chu→』の記事については、いい意味で、眉に唾つけて読んだ方がいいのかも。同じく10月号の別の特集のタイトルが「スクープ! 中2病 vs 中3病 これが実態だっ!!」。学校に慣れてきてハシャぐ中学2年生の取りがちな行動を評して「中2病」、受験を控え、学校にも飽きてきた感のある中学3年生のルーズで諦念している感じを「中3病」と呼んでいるだけで、ネットで語られる、いわゆる中2病とは意味は違うものの、このフレーズをファッション誌で使っちゃう感じってどうよ。『ハレ晴れ~』の振り付け特集を組んじゃうのと合わせて考えてみるに、たぶん編集部内にいるぞ。ファッション誌エディターのふりをしたオレらのご同輩が。

【追記2】
きょんたちには、多少、中川翔子あたりの影響は感じなくもないが、そのあり方は、決定的に違うように思う。中川の場合、アイドル=みんなの疑似彼女、という“開かれた”存在ながら、あえてオタクという“閉じた”カルチャーにコミットしているというギャップがある状態を自身がチョイスしている感がある。実際、以前取材したとき、マネジャー氏が「その手の話になると、ボク、さっぱりわからないし、話が長くなるんで、放っとくんですよ」と笑っていた。放っておかれてOKということは、さして自分の好みを理解してほしいとは思っていまい。むしろ、いわゆる「一般人」とのギャップを放置しておくことで、そのズレから生まれる不思議ちゃん的雰囲気を自らの魅力に転化しているんだろう。

それに比べると、きょんは、カラオケの十八番として、平気で大塚愛とアリプロを並べちゃう上に、それについて、中川風の、いかにもオタク的な理屈をこねくり回した解説を加えたりはしない。オタクに対するコンプレックスやディスコミュニケーション感が希薄だ。「ギャップで面白がらせよう」とか「理解してほしい/ほしくない」といった思惑はあまり感じられない。好きですが、なにか? ってなもんだ。やっぱ若者スゲー。

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BOOKS OF LIFE 名著の処方箋

Dscf0004今売りの『GQ』誌12月号のブック・イン・ブック「BOOKS OF LIFE 名著の処方箋」でお仕事させていただきました。

「名著の処方箋」は、恋愛、性愛、食など、50にわたるジャンルから、選者がそれぞれ5ジャンルずつピックアップ。そのジャンルに関する書籍を3冊ずつ紹介するという企画。ボクに与えられたミッションは2つ。洋書店「ハックネット」の安岡洋一さん、同じく洋書店「ユトレヒト」の江口宏志さん、ブックディレクター・幅允孝さんのもとに取材にうかがい、選書・書評していただき、それをとりまとめること。そしてもうひとつが、ボク自身も選書と書評。

お三人さんの並びからもわかるとおり、おこがましいにもほどがあることをやっております。『情熱大陸』で特集される男と同列ですよ。ボクは何様なんでしょう? 調子に乗っているのを見透かしたんでしょう。この3連休、代官山のオサレ美容院に行った嫁が、そこの美容師から「旦那さん『GQ』に書いてましたね。読みます?」なんて勧めてもらったのに、コンマ2秒で「読みませんっ!」って即答しやがったらしいです。ひっぱたくか。

さて、ボクの担当ジャンルは、

●インターネットが世の中を悪くしている。
 そんなことないですか?
●なんか盛り上がれない。
 もしかしたら、私、鬱かもしれない……。
●最近の学校って大丈夫?
 我が子を通わせるのがちょっと不安……。
●しばらくの間、
 ひきこもっていてもいいでしょうか?
●なんだかとことん、
 真っ暗な気分になりたいのです。
の5つ。「なんだかとことん、真っ暗な気分になりたいのです。」は、Yahoo!が運営する雑誌のポータルサイト「X BRAND」で立ち読みできます。

■あなたの人生を変える、名著の処方箋[ビジネス編](3)
 なんだかとことん、真っ暗な気分になりたいのです。

http://xbrand.yahoo.co.jp/magazine/gq/1557/3.html

ボクの受け持ちは「ひきこもり」「うつ」と、中途半端な覚悟で笑ったり、イジったりしちゃいけないネタが中心だったため、各ジャンルとも、ややストレートなセレクトになっていますが(もちろん、読んでおいて間違いのない3冊を選んだつもりですが)、安岡、江口、幅の三氏は、いい意味でやりたい放題。ジャンルにベタに寄り添うのではなく、ちょっと違った内容の書籍をあえてピックアップすることで、ジャンルについての理解を深めると同時に、それら書籍の新しい読み方を提案なさっています。上記リンクをご一読の上、ぜひ雑誌本体を手にしていただけると幸いです。

あと、ボク自身はまったくのノータッチですが、本誌の中身もなかなか。第一特集の『名著再読。』では、共産党・志位委員長が『蟹工船』を書評しています。そして、斎藤哲也さんの連載「新書プラス1」のアフリカ関連書籍レビュー、オモロ。江頭本の予備取材でディカプリオ主演の映画『ブラッド・ダイヤモンド』を観たときに思い、江頭さん自身も指摘していたけど、あらためて不謹慎覚悟で言おう。アフリカ、エキサイティングだわ。

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