ボクにも語れた教育論
■ARTIFACT@ハテナ系「『日本語が亡びるとき』を読まずに騒動だけ見た感想」
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20081111/japaneseruined
水村美苗『日本語が亡びるとき』を巡って、ネット界隈であれやこれやの議論が巻き起こっている。まあ、それはどうでもよろしい。残念ながら読んでいないため、テキトーなことを書き散らそうものなら(書く気もないが)、リンクの加野瀬さんの言葉のとおり、ボクは「『読まずに批判するバカ』『本を読まずに内容がわかるエスパー』という箱」に放り込まれてしまう。
それでも、このエントリを書いてみたのは、ARTIFACT@ハテナ系に以下の一文があったから。
基本的に非教育分野の人が「教育で○○すべし」という教育論系の書籍はトンデモまじっていること多いんで、まず読まない。書籍だけではなく、そういう教育論をやたらとぶつ人は、大体ロクでもないんで、いいフィルタリングになってる。教育論って、別に専門知識なくても、誰でも何か言えちゃう分野だから、そういう人が混じりやすいんだろうけど。いや、お見事。素晴らしい見識だ。
実は、拙著『凶暴両親』でも、モンスターペアレント問題をはじめ、教育問題が起きると、ワイドショーのコメンテーターからタクシー運転手にいたるまで、みんながみんな、嬉々としてオレなりの教育論を語りたがるのはなぜか。そして、それがいかに空疎なものなのかについて結構なページを割いてエラそうにぶたせていただいている(というか、モンスターペアレント問題の処方箋よりも、そっちが主題の本だ、アレは)。同じことを語っておきながら、なぜ加野瀬さんのエントリは多くの人々に届き、ボクの本は、あまりに申し訳なくて担当編集の顔がまともに見られないほど売れないのか。出版不況が原因なのか。ボクの筆力不足ゆえなのか。考えれば考えるだけ、うつがヒドくなりそうなので、次に進もう。
さて、なぜ「教育論って、別に専門知識なくても、誰でも何か言えちゃう分野」なのか。これは実に簡単。日本人の大半が学校に通っていた時期があるから。そして、今、我が子を学校に通わせる立場だから。学校のエンドユーザーだった、または、今現在エンドユーザーだから「学校とはどんなものなのか」をイメージしやすい。
そして、想像に及ぶことは語りやすい。『凶暴両親』の中では「サブプライムローン問題」を引き合いに出したが、アメリカの低所得者層向け住宅ローンがこげつくと、なんで日本が左前になるのか。それをどう克服すべきかなど、経済評論家でもない限り、クリアに解説できる人はそうはいないはず。金融や投資の現場にいないから。ところが、教育問題の場合、誰もが学校という現場に立っていた(立っている)という「当事者意識」があるから、とりあえず、なんらかの感慨、感想、意見を抱く。そして、意見があるから、発表、議論したくなる。「オレが子どものころは先生に平気でぶたれたもんだ。だから体罰を容認しろ」「今の学校はゆとり教育で授業時数が少ない。これじゃ頭が悪くなる。詰め込み型教育を復活させろ」。
でも、加野瀬さんの指摘のとおり、当事者意識バリバリの床屋政談チックな教育論は、たいてい陳腐だ。お前は先生から体罰を受けたおかげでスクスク育ったのかもしれないし、当時の学校生活がスゲー楽しかったのかもしれないけど、それが「今、学校に通っている子どもに体罰を与えるとスクスク育つこと」「グレないこと」の証明にはなるまい。体罰を受けた子どもと、受けなかった子どものスクスク度合いにはどのくらい違いがあるものか、体罰の効能を実証することもかなうまい。ゆとり教育以前の教育を受けた子どもたる自分が、今の子どもより賢いことを証明できるか、と言われれば、それもムリ。話題になりがちなOECDの学力調査結果を持ち出すつもりなら、勘弁願う。あれ、ゆとり教育導入後から実施された調査だから、いわゆる「ゆとり」の子の学力の推移を知る指標にこそなれど、ゆとり以前の子どもよりバカなことの証拠にはならない。
結局、今の学校の現状や「公」教育のあり方、お上の教育政策など、まるで知りもしないまま、めいめいの美しい(と信じ込んでいる)想い出と報道(の中でも自分に都合のいいもの)だけを根拠に私論をぶっているだけ。こんなもの、夜な夜な飲み屋の酔客どもがプロ野球やサッカーナショナルチームの采配を云々するのと同じ。あれも、ガキのころの草野球や体育の授業のサッカーの経験とスポーツ新聞の記事をもとに、プロフェッショナルの仕事に対して知った風な口を利いているだけなんだから。
あと、年寄りの語る教育論は「今の若いモンは!」の置き換え語。イマドキの若者に不満があるから、その原因を教育に求めたがる。「オレらのころの学校はこうだったのに、今はああだから、若者がダメになっている。オレの生き方を見習え」って言いたいんだろう。そして、もうひとり、今現在、自分が不幸せだと思っている人も語りがち。今の不幸の原因を教育に求め、批判することで自分を慰めたいんだろう。教育オナニーだ。
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