2005/04/22

『ヤン・シュヴァンクマイエル短編集』

その名のとおり、チェコのアニメ作家、ヤン・シュヴァンクマイエルの短編作品を集めたDVD。「戦闘的シュルレアリスト」などと評されるだけあって、作品はどれも夢とも現ともつかない、まあキ●ガイじみた世界のお話ばかり。

とはいえ、内容はそれほど難解ではないように思う。チェコスロバキア時代、お上から弾圧されていたこともあり、どの作品にも反体制・反権力的なテーマが内包されている。また、エロス、暴力、肉体、死、食といった人間のプリミティブな部分をモチーフにした作品がやたらと多く、これらに対して並々ならぬこだわりがあるのも間違いない。あと、ブラックとすら呼びたくないタチの悪いユーモアや、しょーもない下ネタもお好きなご様子だ。

スクリーンやブラウン管の向こうで起こる頭のオカシイ出来事にただただ爆笑するもよし。システムと芸術のあり方について考えてみるもよし。下の画像にドン引きにならないなら(本編はさらにタチの悪い映像が山盛り)、いろんな楽しみ方ができるだろう。[amazon]

なお、収録作は以下のとおり。

■フード('92)
『BREAKFAST』『LUNCH』『DINNER』の3本からなる連作。
・BREAKFAST
あるオッサン(A)が小さな部屋に入ると、首からマニュアルをぶらさげた別のオッサン(B)が、微動だにせずにテーブルについている。向かいに座ったAがマニュアルを見ると「Bの舌にコインを載せろ」とのこと。指示どおり、Bの舌を引っ張り出して、コインを乗せたら、次は「目ん玉を突け」。AがBの目を突くと、Bの体内からトレイに載ったフランクフルトとパンが登場。Bの足を蹴飛ばしたら耳からフォークとナイフまで。それらをおいしくいただくと、なぜかAが硬直。代わりにBが動けるように。そこでBはマニュアルをAの首にかけ、部屋を後にする。すると、今度は別のオッサンが部屋に入ってくる……。
・LUNCH
food1
レストランで相席になった金持ちと貧乏人。2人でウェイターを呼び止めようとするが、なぜか無視される。すると、金持ちがなぜか自分の洋服を食べ始める。それを見た貧乏人もおっかなびっくりながら、マネをし始める。靴もパンツも食べ、テーブルやイスまで食べてしまったその後は……。
・DINNER
food2
木製の義手に釘でフォークを打ち付けた太っちょジェントルマンが食べようとしているのは(おそらく自分の)手。隣のスポーツマンが食べようとしているのは足。その隣のお姉さんが食べようとしてるのはオッパイ。そして、そのまた隣のオッサンが食べようとしているのがチ●コ!

■石のゲーム('65)
時計が12時を告げると、蛇口からこぼれ落ちた2つの石がバケツに溜まり、オルゴールのメロディにあわせてさまざまな模様を描き出す。しばらくすると石はバケツから放り出され、辺りは静かになる。このゲームは3時間ごとに行われ、そのつど、石は大きくなる。そして、ついにはバケツの底を破ってしまい、ゲームはおしまい。時計の音だけが残される。

■ワイズマントとのピクニック('68)
タンス、レコードプレーヤー、スーツ、チェス盤、ちり取りなどが芝生の上でピクニック。景気のいい音楽をかけたり、フルーツを食べたり、穴を掘ったり、チェスをしたりと楽しそう。夕方になり、それらに落ち葉がつもるとタンスの中から縛られた男が穴へと転げ落ちる。そして、ちり取りがそれを埋める。

■肉片の恋('89)
meat1
まな板の上で踊り、小麦粉の入った皿で抱き合う2枚の肉片。このままラブラブな時間が続くと思いきや、フォークで刺されて、フライパンに直行。おいしく焼かれちゃいましたとさ。

■フローラ('89)
ベッドに括り付けられた野菜人間・フローラ(身体の各部が野菜でできている)。身体がどんどん腐っていくが、縛られているからベッドサイドの水に手が伸ばせない……。

■アナザー・カインド・オブ・ラブ('88)
ストラングラーズのヴォーカル、ヒュー・コーンウェルの同題曲のPV。粘土に変身したコーンウェルが粘土ギャルとグチャグチャと混ざり合い……。

■スターリン主義の死('90)
スターリンの胸像を帝王切開すると、チェコスロバキアの元大統領・ゴドワルドの胸像が誕生。すると、黒い手が粘土の労働者を大量生産しつつ、その一方でそいつらの首を吊る。ガイコツがスターリンとゴドワルドのポスターを食い破ると、トウモロコシからフルシチョフが登場。今度は黒い手が大きなのし棒を転がし、小さなのし棒を踏みつぶす。ブレジネフのポスターにスターリンのヒゲが生え、壁に銃弾が撃ち込まれる。そのポスターをガイコツが食い破ると、黒い手が身の回りのありとあらゆるものをチェコスロバキアの国旗の色に染め上げていく。チェコ色に染められたスターリンの胸像を帝王切開すると、次は何が生まれるのだろう。

■プラハからのものがたり('94)
イギリスのテレビ局・BBC制作のシュヴァンクマイエルのドキュメンタリー。インタビューや仕事場の風景など。「『スターリン主義の死』で帝王切開したスターリン像にはブタの内臓を詰めている」という、思わず別のスターリンをイメージしそうな、いらんシュヴァンクマイエルトリビアが満載。

⇒関連リンクヤン・シュヴァンクマイエル短編集

【追記】
4/26 「チ●コ」を伏せ字にしました。

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2005/04/08

東京国際アニメフェア2005「Best of Annecy 2004」

5日のエントリーで触れたとおり、TAF2005の上映会「Best of Annecy 2004」のレビューを。ただ、入場に手間取ったため、前半戦は観られていない。アードマンの『Creature Comforts』など、気になる作品もあっただけに、ちょっと残念だが。

なお、一部の作品の概要については、昨年の受賞作決定時に弊ブログの2004年7/137/18で紹介している。

■Richard Goleszowski『Creature Comforts "Cats or Dogs?』/英
(リンク先、音出ます)
■Frederique Gyuran『Dahucapra Rupidahu』/仏
■Pjotr Sapegin『Though my Thick Glasses』/加
■Franck Dion『L'inventaire fantome』/仏

以上、観てません。すみません。

■Benaifer MALLIK『Deewana』/印
deewanaBageshree Vazeというシンガーの『Deewana』という曲のビデオクリップ。情婦だかダンサーだかシンガーだか役のBageshree Vazeと、Bageshree Vazeを見初めた王子様だか王様だかとの世界を舞台にした追いかけっこ。写真のとおり、Bageshree Vaze以外はすべてCGになっている。

「いかにも中央アジア」な色彩設計は新鮮だけど、正直、映像や物語にはあんまり新味を感じなかった。同じアニメを駆使したPVなら、宇多田ヒカル『travering』(キリキリ監督。『ニャッキ!』伊藤有壱が参加)の方が、映像はアシッドだし、お話もイカレてて面白い。楽曲は、アップリフティングなジャングル。メロディこそインド・アラブ系だけど、ちょっと前の浜崎あゆみチックなノリだよなぁ、コレ。発売年の2003年にはMTVインドでヘビーローテーションだったらしい。どの国でも売れ線ポップスって大差ないのね。

※タイトル部分のリンクから楽曲の試聴ができます。

■Anja Struck『Allerleirauh』/独
Allerleirauh2頭の悪いレコード屋のポップみたいなフレーズを使わせてもらえるなら「激ヤバっスよ! コレ」。

シカの死体が転がる地下室みたいな部屋に、縫い物とおぼしきことをしている足のない女のコと、キツネの頭をしたダンサーの2人がいる。で、女のコは時々何かを思いだしたようにペンで義足に線を引くのだが、途中、ダンサーがペンをナイフにすり替える。女のコはそれに気づかず、ナイフを義足に当てるのだが、当然、痛くもかゆくもない。

とにかく狂った空間で、中途半端に痛そうな、でも痛くない、微妙なバイオレンスが展開されていた。「激ヤバ」なんてバカフレーズを使っちゃったし、もう思考を停止させちまえ。シュールっスよ! コレ!! 

いや、すごく寒気のする面白さはあったんだけどね。

■Jonathan Nix『Hello』/豪  (リンク先、音出ます)
hello頭がカセットデッキのチャーリー君は、同じアパートに住む頭がCDプレーヤーのエメラルドちゃんに、気の利いた音楽を聴かせて愛の告白をしたがっている。が、緊張のあまり、いつもテープの頭出しに失敗してしまう。思い悩んだチャーリー君は、やっぱり同じアパートに住む蓄音機おじさん(当然、頭が蓄音機)に相談。話を聞いた蓄音機おじさんは、愛を語らうのにうってつけのレコードをダビングしてくれた。果たしてチャーリー君の愛の告白はうまくいくのだろうか?

今回の上映会の中で一番好き。ストーリー前半は、
(1)エメラルドちゃん帰宅
(2)チャーリー君、自室の前で待機
(3)エメラルドちゃん「ハイ、チャーリー」
(4)チャーリー君、言葉を返したいが頭出し失敗……
を微妙に展開を違えながらループさせる。そして、チャーリー君とエメラルドちゃんのキモになるセリフは彼らの頭から流れる音楽をミックスすることで語られる。蓄音機おじさんは、膨大な量のアナログ盤が収められたレコード棚から「コレぞ!」という1枚を引っ張り出す。ある意味、非常にDJ感覚あふれた作品だ(笑)。いやぁ、世の中には、かくも、かわいらしくて、どノンキで、しかも、頭の悪いことを思いつく人もいるもんだ。今夏、劇場公開されるので、興味があれば、ぜひ。ストレンジ系アニメ好きなら、まず損はしないはず(公式サイトへはタイトル部分のリンクから)。

去年、アカデミー賞短編アニメ部門を獲った『Harvie Krumpet』といい、ザグレブ国際アニメーション映画祭のザグレブアワードの『FAST FILM』といい、これといい、下の『Birthday Boy』といい、最近のオージーアニメはことごとく面白い。注目か。

■Sejong Park『Birthday Boy』/豪
birthdayboy朝鮮戦争下の韓国で誕生日を迎えた少年を描くCGアニメ。兵隊さんの勇ましさに憧れ、墜落機から拾ったネジを鉄道に踏ませて磁石を作ったり、小高い丘から手榴弾に見立てた石ころを道行く人に投げつけたりして1人で遊んでいる。ひとしきり遊んで、家に帰ってみると軍事郵便が。中には軍服やドッグタグなど、兵隊さんコスプレグッズが一式詰められていた。喜び勇んでそれらを着込んで、庭で兵隊さんごっこにいそしむのだが……。

軍事郵便は戦死したお父さんの遺品。それで無邪気に遊んでいる子どもを静かに優しく描けば描くほど、戦争がもたらした現実とのギャップが色濃くなる。淡々と叩きつけられる反戦メッセージがえらい痛烈だ。

ちなみに、監督は韓国人だが、アートスクール進学のためにオーストラリアに留学。で、制作もオーストラリア。

■Heidi Wittlinger『No Limits』/独
NO_LIMITS信号を無視し、暴走をつづけるスポーツカー。踏切で一旦停止したところで、カメラが切り替わると、後部座席で子どもたちが必死でペダルをこいでいた。で「児童の不法就労はやめましょう」とのメッセージが流れる。

半年にいっぺんくらいTBS『ニュース23』とかがやりがちな世界のCM大賞系というか、まさにそれ。

■Arthur de Pins『La Revolution des crabe』/仏 (リンク先、音出ます)
Revolution汚い、くさい、栄養価がない。あげくが、方向転換ができない(左に歩き出したら、そのまま直進するしかない)というカニ界の劣等生がプチ革命を起こすお話。この種は何世代経っても、一方向にしか歩けない。つまり、一度歩き出したら地球を一周することしかできないし、左右を石に挟まれた場所ではピンボールのように右往左往するしかなかい。ところが、ある事件が起きた瞬間、1匹が火事場の馬鹿力を発揮。なぜか方向転換できてしまった。

海の深くで起きた、ものすごくミクロな奇跡。他人にとっては当然どうでもいい上に、常に方向転換できるようになったのではないから、その後のカニライフが激変したわけでもない。とはいえ、一応、奇跡は奇跡。その地味さ加減とマヌケさ加減、意味のなさがオモロ。

※タイトル部分のリンクからフルレングスの動画が観られます。

■Mike GABRIEL『Lorenzo』/米
Lorenzoシッポを悪魔に乗っ取られたネコのひと騒動。

期待してたんだけど、あんまり……。わがまま放題のシッポを切り離すべく縛り付けてみたはいいけれど自分が動けなくなってみたり、電車に轢かせてみようとしたらまんまと逃げられて自分が轢かれてみたりといった『バックスバニー』チックなブラックユーモアはオモロかったし、よく動くんだけど、「だったら『バックスバニー』を観ればいいじゃん」って話だしなぁ。

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2005/03/02

『THE PLANET』

■THE PLANET
えーと、取り上げておいてなんなんだけど、何をどう書きゃいいんだ。そういうDVDだ。

planet01とりあえず、まずは作品の概要から。なんでも、フェルナンド・カブサッキという、ロバート・フリップに師事していたアルゼンチン人ミュージシャンが作った架空のサントラに、総勢19人のアーティストが映像をつけた作品なのだとか。工程がまったく逆になってしまったとはいえ、一応、本物のサントラになったわけだ。

planet02肝心の内容は、音響系サウンドをBGMに、実験映像やら、サイケデリックやら、エロやら、ナンセンスやら、異常にローファイなアニメ、実写をズルズルと50分間垂れ流し。しかも、映像は→のとおり。言ってしまえば「キ●ガイエキスポ」だ。オブジェクトアニメに癒しやら、手作り感覚やらをお求めの方々には正直オススメしかねる。

しかし、アナーキーなものをアナーキーなまま提出する姿勢をボクは推す。商業ベースの映像作品の場合、営業的理由、倫理的・道義的理由(クソ食らえだが)から、誰もが理解でき、誰もが楽しめる内容に仕立てがちだ(そちらの方が作家のメッセージもより多くの人に届くだろうし)。もちろん、それを頭ごなしに否定する気はない。が、人間、そんなにお行儀よくは生きていない。意外と厄介なことや妙ちきりんなこと、クソくだらないことを考えていたりする。このDVDに参加したアーティストは、そんな感覚を無修正のまま無邪気に発表しているように思う。この態度が非常に小気味いい。デオドラントに加工された作品への最高のカウンターパンチだ。世界の中心で「『セカチュー』だか『いまあい』だかで泣いてるヤツらはザマーミロ」と叫びたい諸兄は観てみて損はない。それに、そもそも、めまいさえ覚えるバカ映像のオンパレードは単純に楽しいし。[amazon]

ちなみに、本作には参加していないが、同じくアルゼンチンのファン・アンティン監督のSFアニメ『火星人メルカーノ』が現在公開中とのこと。アルゼンチンアニメにカチ食らわされたボクは、今週末、観に行きますです。

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2005/02/28

『睡蓮の人』

B000657NKY.09.MZZZZZZZ文化庁メディア芸術祭を受賞作。監督はミスチルのシングル『HERO』のプロモーションビデオを手がけたり、NHK『トップランナー』に出演したりしている。おかげで、オブジェクトアニメの中ではメジャーなタイトルではあるが、まだまだ「知る人ぞ知る」存在の域は出ていない。

ある晩、物音で目を覚ました爺さんが、台所に行ってみると、1匹の亀が野菜を食べていた。翌日、亀を世話したり、は虫類図鑑で亀の種類を調べようとしたりして1日を過ごし、夜、部屋を片づけようとしたら、押入れの中から、死んだ嫁さんの着物が。そして、爺さんは、嫁さんと亀との想い出を懐古する。

舞台は平屋の日本家屋。日本人にとって、これほど身近な舞台設定もない。消えゆくもの、亡くなったものへの愛情と憂いを扱った物語は「ベタ」とも言えるが、十分誰もが共感しうる。知る人ぞ知る状態なのは、あまりにもったいない。

もうひとつ注目すべきは、爺さんの細かな芝居。例えば、ふすまを閉める時、途中までは取っ手に指をかけて閉めるんだけど、途中で面倒くさくなって、端っこをつかんで押し込んでしまう。便所から出る時、中途半端に引き戸を開けて、通れなかったら、肩で押し開ける。布団を出す時は、押し入れから引っ張り落とす。男のひとり暮らしの行儀の悪さ、テキトーさの表現が異常に上手いのだ。それがつまり、独居老人の切なさの表現にもつながっている。この村田朋泰という人、ストーリーテラー、アニメーション作家としてはもちろん、観察者としての能力も高いようだ。[amazon]

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2004/10/04

『ミトン』

■ミトン
mitten1.jpgみんな大好き『チェブラーシカ』のロマン・カチャーノフ監督の3作品、『ミトン』『レター』『ママ』を収録したDVD。取り上げるべきは、もちろん『ミトン』だろう。

いきなりでなんだが、ココココに限らず「心温まる」「癒される」などと言っている連中に尋ねたい。本当にこの作品を観たか?

mitten2.jpg冬のある日。主人公の女のコは、同じアパートの友だちから子犬をもらってくるが、お母さんから返してこいと言われてしまう。その後、お母さんは読書に夢中になってしまう。しかたがないから、ミトンを子犬に見立てて遊んでいたら、あら不思議。ミトンが子犬に大変身。大喜びでひとしきり遊んだり、ドッグレースに参加したりしたあと、家に連れて帰り、お母さんに隠れてミルクをあげようとすると、子犬は元のミトンに……。ガッカリする女のコに気づいたお母さんが、友だちから子犬をもらってきてくれる。

確かに、一瞬であれ手袋が子犬に変身しているのだから、ファンタジックなお話ではある。最終的には犬が飼いたいという願いが叶っているのだから、めでたしめでたしと言えなくもない。しかし、女のコがその日一緒に遊んだ犬(というか、ミトン)は、いなくなってしまっている。それはそれでド切ないことなのではないだろうか。本物の犬がもらえれば、オールOKか? また、ちょっとうがった見方ではあるが、なぜ、本物の犬を手に入れられたかと言えば、手袋を犬だと思い込んでいる、ある意味“イタい”女のコをお母さんが不憫に思ったから(笑)。とうてい「心温まる」オチではない。

『ミトン』のほかにこのDVDに収録されているのは、戦地に赴いたお父さんを待つうちにちょっとオカシクなってしまうお母さんと、その子どもの話『レター』と、やむなく子どもを置いて買い物に出かけてしまったお母さんと、それを待つ間にトラブルに巻き込まれる子どもの話『ママ』の2本。『ミトン』を含め、どれもこれも、都会に暮らす母子のお話だ。しかも、お母さんは子どもを一時的にとはいえ、放っておいたり、置き去りにしたりしてしまう。カチャーノフ監督が描きたかったのは、この「都会で暮らすことの厄介さ」や、それが引き起こす「母と子のディスコミュニケーションの悲しさ、切なさ」なのではないだろうか。確かにどの作品にも、最終的に救いがあるので、和みはするし、心温まりもする。しかし、その直前まで子どもはお母さんから放っておかれているし、お母さんは気が触れたりしているので、やはり「和み」や「癒し」のひと言で片づけるのは違うだろう。

あと、みんながみんな、右へ倣えで「キャラクターがカワイイ」と評価しているのも、正直、疑問だ。右の写真のとおり、映像は全編スタイリッシュに仕上がっている。旧ソ連のタバコ事情について、浅学にして明るくはないが、カウチに横になってタバコをくゆらるお母さんは進歩的な女性だったのではないだろうか。それと、女のコやお母さんのファッションもカワイイというよりオシャレだ。他の2作品のキャラクター、背景の造形もしかり。人の嗜好はそれぞれなので、他人さまの感想を否定はしないが、ボクにとって、これらの作品はカッコよくはあっても、カワイくはない。

なんだか、ほめてるんだか、けなしてるんだか、よくわからなくなってしまったが、スタイリッシュな映像と、ファンタジックで、ちょっと切ないお話が楽しめるのは事実。キャラクターの動き、特に心理描写の芝居は人形とは思えないほどのリアリティがある。オブジェクト系アニメーションの金字塔であるのは間違いない。機会があれば、一度観てみてほしい。ホリエもんのところでも借りられるみたいなので。[amazon(通常版)][amazon(なかよしBOX)]

【12/27 追記】
ちょい加筆訂正しました。

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2004/08/19

『MIND GAME』

mindgame.jpg8/15、粛々と我が国の歴史を振り返るなどという殊勝なマネをするわけもなく、ノンキに『MIND GAME』を観に行ってきた。

ボクは、基本的に登場人物が語りすぎる映像作品が嫌いだ。「説教くさい」「ラジオドラマじゃあるまいし、伝えたいことは映像で見せてくれ」などと思ってしまう。何なら「心の機微のわからないバカが増えたから、懇切丁寧に説明してやらなきゃいかんのかなぁ」と制作者に同情したりもする。

実は、この『MIND GAME』、語りすぎる作品だったりする。主人公の西くんは、声高に宣言する。「自分を信じきる」「何よりも力強く、まっすぐと、のびのびと、すべての力でやってみる」「いいヤツもたくさんいれば、悪いヤツもたくさんいる。そんな世の中が大好きだし、そこで生きていきたい」(うろ覚えだが、内容はこんな感じ)。しかし、本作が、どれだけツラくても可能性を信じ、現実社会とコミットし続けようとするお話であることは映像でも語られている。西くんは、初恋の人・みょんちゃんの店に押し掛けてきたヤクザに殺されたにもかかわらず、強引に撃たれる直前の場面に復活。逆にヤクザを撃ち殺し、みょんちゃんと、みょんちゃんのお姉さんを連れて、ヤクザの仲間とカーチェイスを展開する。そして、桃源郷とも言うべき場所にたどり着き、平和で楽しい生活を送るが、先がないと見るや、人殺しの汚名を着せられることも省みず、現実へ復帰しようとする。これで十分伝わるだろう。言葉を弄する必要はなかったのかもしれない。

しかし、西くんの宣言は鼻につかない。マンガ家志望ながらも、今はバイトで食いつないでいる西くんは、殺される以前はイマイチ自分に自信が持てないでいた。みょんちゃんと久々に再会し、イイ感じになっても口説けない。みょんちゃんの婚約者・りょうの好青年ぶりを見ては、あっさりと完敗を認めてしまう。みょんちゃんがヤクザに襲われそうになっても、体を丸くして震えているだけ。せめて「シバくぞ」と言おうとするものの、言葉の途中で肛門を撃ち抜かれてしまう。ボクは、これを、西くんのような何の取り柄もない文系男子の特徴のひとつだと思っている。何かをするだけの力と度胸はないけれど、妙に知恵だけは回るから、現実の壁や彼我の力量の差だけは知っている。だから「こうしたい、ああしたい」という願いはあっても、尻込みしてしまう。後先省みず、ヤクザを止めようとしたりょうのようには振る舞えない。そして、いつも後手後手に回って後悔をする。

そんな西くんが、どうやって現実の壁を突破したのか? 「有言実行」だ。有言実行というと「宣言したことを実現する」という前向きな意味あいでスポーツ選手などが口にしがち(まぁ、本当はこんな四字熟語はなく「不言実行」のもじりにすぎないのだが……)だが、本当は貧弱な文系男子にこそ似合う言葉だと思う。他人に高らかに宣言すると、言った手前、引っ込みがつかなくなる。つまり「実現せざるをえなくために宣言する」わけだ。また、言葉にすることで、自分の決意を再確認することもできる。ちょうど女のコの恋愛相談のようなものだ。すでに気持ちは固まっているのに「○○くんに告っても大丈夫かな?」「彼と付き合った方がいいかな?」などと相談を持ちかけ、相談相手のお墨付きを貰うことで、安心してアクションに移せるようになる。西くんは、やるべきこと、やりたいことを言葉にし、自分で自分の想いを再確認、そして退路を断たないと、第一歩が踏み出せなかったのではないだろうか。

ただし、実行することが正しいとは限らない。西くん一行が桃源郷から脱出した後、シーンは巻き戻り、オープニングとは少しだけ違う人生が始まるのだが、映画はそこで終わる。その後のことは描かれていない。西くんとみょんちゃんがやり直した人生がハッピーなのかは、誰にもわからないのだ。「悪いヤツもたくさんいる社会であっても、そこで生きていきたい」と言った西くんは、次の人生もままならないかもしれないことに気づいていたはずだ。それでも、自分の可能性を信じたいから、想いを高らかに宣言することで勇気を振り絞り、怒濤の勢いで突っ走る。その言葉には、説教くささや、説明ゼリフくささはない。むしろ、生まれ変わろうとする西くんの想いの強さがはっきりと伝わってくる。そして、西くん以上に弱っちい文系男子であるボクは、その愚直さ、無闇さに勇気づけられる。「想いを言葉に乗せれば、可能性の扉が開けるのかもしれない」と。

映像については、言うことナシ。無闇なパワーとスピード感にあふれ、オッパイが揺れまくる湯浅映像は、でかいスクリーンがよく似合う。2D、3D、CG、実写がグニャグニャと混ざり合う様子は、観ていて、とにかく気持ちがいい。あと何回か観に行こう。

あと、声優については賛否両論あるようだが、アホの坂田演じるみょんちゃんのお父さんはハマっていたと思う。甲斐性ナシの上に、女癖の悪いダメなオッサンのイメージにピッタリだ。さすが、日本で最も成功したアホ(笑)。

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2004/07/25

『対話の可能性』

■シュヴァンクマイエル映画祭 2004
imageforum.jpg本当なら土曜日の山村浩二監督のトークイベントに行きたかったのだが、仕事の都合で断念。リベンジということで、本日17:00~のFプログラムを観に行く。100席前後のところに6割程度の客入り。更新頻度が少ないこともあるのだろうが、このサイトのアクセス数がイマイチ伸びない理由の一端を見た気がする。

上映作品は

『自然の歴史(組曲)』
『部屋』
『対話の可能性』
『地下室の怪』
『陥し穴と振り子』
『男のゲーム』
『セルフポートレート』
『闇・光・闇』
の8本。大半はDVDなりで観たことがあるのだが、粘土がグチャグチャと音を立てながら変容するグロテスクな映像を大きな画面で観るのは、やっぱり楽しい。

あと、以前から思っていたことなのだが、「『シュールリアリズム系の巨匠』などと言われがちだが、実は、作品の内容は直喩的というかダイレクト」ということを再確認した。

たとえば『対話の可能性』。これは『永遠の対話』『情熱的な対話』『不毛な対話』という掌編3部からなる作品なのだが、特に『情熱的な対話』はわかりやすい。見つめ合う男女(粘土)がほほえみながら2つ3つ言葉を交わしたあと、キス。そのままグチャグチャと混ざり合う。で、元に戻ったふたりの間には、何か小さな生き物が。それを見つけたとたん、2人で押し付け合い。そのまま大乱闘に……。まぁ、身も蓋もないお話だ。

『不毛な対話』もシンプル。向かい合う頭だけの男のうちのひとりが、口から食パンを取り出すと、もう一方がバターの乗ったバターナイフを口から取り出し、食パンに塗ってやる。以降、鉛筆が出れば鉛筆削りで削ってやり、歯ブラシには歯磨き粉を塗ってやり、靴には靴ひもを通してやるといった具合に2人の対話はスムーズに進んでいく。ところが、時間が経つにつれ、パンを鉛筆削りで削ったり、靴に歯磨き粉を塗ったりと、徐々に会話がかみ合わなくなってくる。しまいには、食パンに対して食パンをぶつけて、お互いの食パンをグズグズに崩してしまう。そして、齟齬が起きるたびに頭にもヒビが入っていく。かのベストセラーのキャッチコピーではないが「話せばわかるなんて大ウソ」というわけだ。「どれだけ言葉を弄してもわからねぇものはわからねぇ。会話でわかりあえるなら、詭弁大将のボクはもっとモテていいはず」などと思っている身としては、非常に勇気づけられた(勇気づけられる理由が異常に卑近だが)。

しっかし、どの作品も鬱屈している。「いろいろがんばってみたら、なぜか身動きが取れなくなってしまいました」とか、「サッカー選手を皆殺しにして、おしまい」とか、そんなオチばかりだ。チェコスロバキア・正常化政策時代に弾圧されていたという経歴も大きな要因のひとつ――インタビューで「政府の賞ならいただきません。共産主義者も才能を認めて賞を授けようとしましたが、私は断わったのです!」などと発言している――なのだろうが、正常化政策も終わった'90年代以降の作品も相変わらず根が暗いのだから、多分に本人のパーソナリティによるところなのだろう。作家としては敬愛してやまないが、積極的にお友だちになりたいタイプではない。

繰り返しになるが、頭のおかしい映像を大画面で観るのは愉快だ。別のプログラムも観に行こう。どうせなら、イベントのある日がいいだろう。しまお隊長(笑)の回にでも行ってみるか。

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2004/05/30

物食う萌えキャラ

ノルシュテインサイン会にでかけたその足で『キューティーハニー』を観る。コマ撮りスチールにCGを混ぜて動かす「ハニメーション」や各種爆発エフェクトはアニメや特撮モノの演出に近い感じ。サトエリは、いつもニコニコ笑っていて、フニャフニャしゃべる。で、妙な鼻歌を唄ったり、コンビニおにぎりが大好物だったりと、いかにもな萌えキャラ役。市川妹も、一見、クールで気が強そうに見えて、その実、お人好しという、これまたティピカルな設定。文字どおり「アニメ、マンガの実写版」映画だった。『少林サッカー』ほどの突き抜け感はないが、シンプルなストーリーとド派手な映像は何にも考えずに楽しめる。ただ、上記のとおり、あまりにアニメ、特撮的な記号に充ち満ちているので、庵野監督のいう「デートムービー」にはなり得ないはず。今の時期なら『トロイ』や『ホーンテッドマンション』を観に行くでしょ、フツー。

で、その記号のお話。今回のサトエリもそうだが、アニメ、ゲーム系の作品によくオブセッションがあるかのごとく、特定の食い物にこだわる美少女キャラが登場するのはなぜ? それも劇的にウマいわけでも、高いわけでもないチープでジャンクな食い物に。『KANON』のたい焼きとか。やっぱりファンのニーズがあったり、制作者自身が魅力的だと思っていたりするから登場させるんだよね? ボクはその手のコをかわいいと思えないので、ちょっと不思議だったりする。超偏食キャラのどこに萌えるのか。どなたかご教示いただけません?

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2004/05/25

『テディベアのルドヴィック』

何のかんのと言いながらも、やっぱり気になったので、コ・ホードマン監督の『テディベアのルドヴィック』を観に行く。で、感想。ばっちり子供向けだった。全4話のテーマはそれぞれ「お友だちとは仲良く」「生まれることと死ぬこと」など、教育的な見地に立ったものばかり。これらをかわいいテディベアとわかりやすいストーリーで、丁寧に伝えていく。キャラクターデザインや画面全体のカラーリングはオッサンにはまぶしいくらいラブリー。小学校低学年くらいまでの子供受けしそう。しかも、テディベアが縫い物や編み物、折り紙をしたりと、動きも細かい。子供向けだけあって、複雑な言い回しを使っていないせいか、はなの字幕もそれほどマズっていない印象が。素直にイイ作品だと思う。ただ、それだけに、ちゃんとガキが観られる時間に上映してほしかった。ウィークデイの夜9時過ぎに映画館に行くようなヒマなオッサン(=ボク)やオバハン、不思議ちゃんどもよりも、素直なガキの方がずっとたくさんのことを得られると思うから。

とはいえ、オッサンも結構楽しめた。ケガしたルドヴィックの膝からは綿が飛び出し、お父さんがそれを針と糸で縫って治療するという、人形アニメのあり方を根底から覆すようなシーンがあったり(“テディベア”のルドヴィックだから、いいのかな?)、砂場でルドヴィックとお父さんが砂の城(ホードマン監督のアカデミー賞受賞作のタイトル。不思議な生き物が砂の城を作るお話)を作っていたりと、小ネタも散りばめてある。すれっからしのアートアニメファンは邪な目線で観てみても面白いかも。前述のとおり、キャラクターはかわいいし、ストーリーもわかりやすいので、初めてのアートアニメとしても○。6月中は公開されているみたいだし、配給にジェネオンエンタテインメントの名前があったので、近々DVD化もされるはず。機会があれば、ご覧あれ。

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2004/05/21

チャンプルー喰うな!

昨晩、遅ればせながら『サムライチャンプルー』第1話を鑑賞。期待に違わぬクオリティに満足。時代考証のメチャクチャっぷりに、町田康の最新作『パンク侍、斬られて候』を思い出す。「“おニュー”の刀」って(笑)。上記2作とか、勝プロ制作の映画『子連れ狼』(大五郎の乗っている乳母車にミサイルが装備されていたりするステキ時代劇)とか、本来あるべき枠組みを大胆に取っ払った時代劇はやっぱりオモロい。あと、渡辺監督って今はヒップホップがお気に入りなのね。以上。演出やストーリー等々については、ほかのサイトが多くを語っているだろうし、パス。[amazon(パンク侍)]

【追記】
↑と書いたのだが、「オサレアニメ」との声が高く、他サイトでの評価は微妙なものが多かったり……。バリバリ動くし、ストーリーは頭悪いし、面白いと思うんだけどなぁ。

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2004/05/09

インディーズ手話アニメ

■「まかせてイルか!」 短編映画館トリウッドにて公開決定
iruka.jpg公式サイトでは1カ月近く前に発表されていたようだが。本作は大地丙太郎監督の手話アニメ。写真中の青い髪の女のコが耳が不自由で、そのコとの会話はすべて手話で行われる。東京国際アニメフェアで試写を観たが、まぁ、オモロい。手話アニメなどというと、バリアフリーを意識した(?)お行儀のいい作品をイメージしがちだが、そこは大地監督。エキサイトした青い髪のコが、早口でまくし立てる代わりに、ものすごい勢いで両手を動かしまくる(FukuDiaryさん曰く「手話によるマシンガントーク」。アレ、全部描いたのかと思うとスゲーなぁ)など「手話だからこそ」の演出がそこここに。手話と外国語という違いはあるけど『レジェンズ』での英語の使い方に似ているのかな? 「(たいていの日本人にとっては)セリフではないセリフ回しの妙」というか、観ているこちらに一瞬「!?」と思わせる仕掛けがいかにも大地監督(とその一味)らしい。そのほか「英語版もあること」とか「手話って国内だけでも3~4パターンあったんじゃなかったっけ? ここで使われている手話がわからない人はどうするんだろ?」とか、本作についてはいろいろ書きたいこともあるのだが、すべてを書くと、あまりにとりとめがなくなるので、今日は、とりあえずここまで。なにはともあれ、4000円のOVAが600円で観られるので、気になる人は足を運んでみて。5/29。[amazon]

あと、ムダな豆知識。この作品の手話を監修した「きいろぐみ」『オレンジデイズ』の手話も監修していたり(書いてみたはいいものの、ホントにムダだな)。

【追記】
5/10、MZTVにて予告編が公開されたみたい。ナレーションは大地監督。最後に3人がやっている手話は「まいどあり」。

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2004/05/03

『ラウル・セルヴェ作品集』

B00005NS3D.09.MZZZZZZZ.jpgその名のとおり、ベルギーのアニメーション作家・ラウル・セルヴェの作品集。カンヌ映画祭短編映画部門パルムドールを受賞した『ハービア』や、アヌシー国際アニメーション映画祭グランプリ受賞の『夜の蝶』など8作品を収録。セル、鉛筆画、セルと実写を織り交ぜたアニメーション(セルの背景の上で、写真の人間を動かす)など、さまざまな手法を用い、作風もバリエーションに富む。70年代前半までは、軍事による独裁に色彩で対抗する『クロモフォビア』や、ハリウッド大作主義を批判する『GOLDFRAME』など、反権威的な作品が多いのに対し、70年代後半以降は、男を追い回す鳥人間(ハーピーっつうの?)の恐怖を描いた『ハーピア』、ポール・デルヴォーの絵画を幻想的で怪奇な映像でアニメーション化した『夜の蝶』と、ホラーテイスト。内容よりも映像美を見せる作品になっている。

カンヌ、アヌシーでの評価もあり『ハーピア』や『夜の蝶』に人気が集まりがちだが、一番気になったのは『語るべきか、あるいは語らざるべきか』(これもアヌシーで特別賞を受賞しているのだが)。TVレポーターに「政治について、あなたのご意見は?」とマイクを向けられたあるヒッピーが「Make Love」と回答。その言葉のシンプルさと力強さに惹かれた権力者が、ヒッピーをビジネスや政治、戦争に利用していく。そして戦火が拡大すると、そのヒッピーは断罪されてしまう。キャッチーなフレーズを使って大衆を扇動する権威や権力だけでなく、無責任・無自覚に「愛」だの「平和」だのと抜かす大衆も皮肉る姿勢が素晴らしい。本当の敵は誰なのか、本当の脅威はどこにあるのか、あらためて認識させられた。[amazon]

⇒関連リンク:ラウル・セルヴェ作品集

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2004/04/13

『NFB コ・ホードマン作品集』

B00007K4L8.09.MZZZZZZZ.jpg最近、逆ギレ気味に続けていたホードマンネタ。せっかくなので、どんな作品を撮った人なのか紹介してみようと思ってみたり。

このDVDには、全13本の作品が収録されているが、代表作はアカデミー賞も受賞した『砂の城』。砂丘の中から砂でできた頭足人(頭から手と足の映えている人。子どもが描きがちなアレ)が誕生。ソイツが砂をこねるとヒトデっぽい生き物や、象に見えなくもない生き物、ヘビ風の何か、三本足の謎の生物、頭から手だけ生えている人などが産まれてくる。そして、彼らは力を合わせて砂の城を造るのだが……。語義どおりの「やおい系」。物語に山場らしい山場はない。作中に込められたメッセージというか、意味はあるのだろうが、明示的ではない。ただ、奇怪な生き物が砂をこねているだけのお話と受け取る人もいるだろうし、「形あるもの、いつかは壊れる」なんて道理を説く人もいるかもしれない。「あの生き物はすべて男性器をシンボライズしている」と指摘する人もいたりする。観る側によってどうとでも取れるのだ。そして、オチもあるといえばあるが、劇的ではない。笑えるものでもなければ、泣けもしない。ちょっとだけ寂しい程度。正直、何もない作品だ。

では、なぜ評価されるのか? 当然、通底する物語性、メッセージ性もあるのだろうが、なによりテクニカルな部分が大きいのだろう。タイトルどおり、本作は砂アニメ。一面砂に覆われた砂丘のセットを組み、砂を吹き付けた人形をその上で動かして物語を展開する。驚かされるのは、砂の表現。風で流される時の動き方や、生き物や城ができるまで、そして崩れるまでの一連の動きがことごとく本物っぽいのだ。まるで本当に砂場遊びをしているかのよう。しかし、コマ撮りアニメでどうやってアレを撮影したのかは、まったくもって謎。一粒一粒砂を動かしていったのであれば、その途方もない労力と緻密さは尊敬に値する。生き物たちの砂の質感もリアル。砂人間のリアリティって何よ? というツッコミもあるだろうが、一度映像を観れば「確かにアイツらは砂からニョキニョキ生えてきた生き物なんだ」と納得させられるはずだ。しかも、ソイツらがよく動く。砂だけならまだしも(これでも十分厄介な作業だが)、人形にまで複雑な芝居をつける作業量は果たしてどれほどのものだったのだろう。粘土人形や切り絵、そして砂があたかも生きているように動き回る「映像のあり得なさ」はアートアニメ、ストレンジアニメの大きな魅力。文字どおりストレンジな映像が観たいなら、これほどうってつけの作品もないはずだ。

とはいえ、ホードマンはただ妙な映像を撮るだけの人ではない。本来は教育的で、子どもから大人まで楽しめる(手垢のついた言葉だが……)作品を得意とする監督だったりする(『砂の城』も娯楽性こそ低いが、本当はその地平にある作品なのだろう)。そんなホードマンらしさを求めるなら、同DVD所収の『へんてこなボール』や『シュッ・シュッ』がオススメ。いい年こいたオッサンが「キュー」ってなるほど(萌え転がるっていうの?)、かわいらしいキャラクターと映像が連発だ。[amazon]

⇒関連リンク:NFB コ・ホードマン作品集

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2004/03/28

東京国際アニメフェア2004

会場内アニメシアターにて『Harvie Krumpet』と『DESTINO』を観る。自身の英語力のなさと美的センスのなさにヘコむ。

■Adam Elliot『Harvie Krumpet』/豪 2003
hk2.jpgルーマニア生まれのHarvie Krumpetは障害のせいで学校でイジめられる。それを見かねた母親は、学校からHarvieを引き取り、自宅で「世の事実(fakt)」について教育する。以降、Harvieは首からノートをぶら下げ、見つけたfaktを書き留めるようになる。その後のHarvieはというと、気の触れた母親に強盗と間違われて、家中追い回されたり、両親が焼死してしまったりと、災難続き。第二次大戦のドイツ軍侵攻にあい、移民したオーストラリアでもそれは変わらない。どんな仕事をしてもうまくいかない。雷に打たれる。事故で金玉をなくしたため、子どもができない。アルツハイマーが進行し、老人ホームで余生を送るようになる。しかし、Harvieはその中でさまざまなfaktを見つける……。決してうまくいっているとはいえない人生ながら、どっこいその中に生きていく意味(作中でいうなれば「fakt」、あとは、それを探し続けるということ)を見出していくHarvieの姿を淡々と描いた作品。まったくもって「粘土リフ」などではなかった。ボクは公式サイトやAWNで何を読んでいたのだろう? とはいえ、アヌシーやアカデミーでの高評価には大いに頷ける。「まぁ、生きてみますか」と、ちょっとだけ前向きな気分になれた。

■Dominique Monfery『DESTINO』/米 2003
ディズニーとダリがコラボレート。1946年に制作されていたが、資金繰り等々の理由で途中で凍結。その後、長きに渡って放置されていたものをCGによって完成させた。作品はミュージカル仕立て。アーマンド・ドミンゲスの楽曲にあわせて、亀の甲羅の上を無数の馬が走ったり、グンニョリと溶けたような時計が登場したり。バカでもわかる「いかにもダリ」って感じの映像がウニョウニョと続いていく。映像がどことなくエロチックだったので「テーマはエロス? アガペー?」なんて思っていたのだが、上映会に出席していた制作スタッフによると「野球」なのだとか……。確かに白い球をバレリーナが棒状の何かでフルスイングしていたが。じゃあ、亀や時計は何よ? なぜ、バッターはバレリーナなのよ? やっぱり美術の成績が万年2じゃ、アート様のお考えになることはわからないのだろうか。ただ、映像は非常にキレイだし、何回も繰り返し観てみたい。そうすれば、ディズニーとダリの真意がわかるかしら?

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2004/03/17

『ユーリ・ノルシュテイン作品集』

nor2テレビアニメ『十兵衛ちゃん2』(J2)に、ヘロヘロ線画の侍「右太衛門様」の声優として出演(なぜか、否、当然、オールロシア語。しかも字幕ナシ!)していたユーリ・ノルシュテインの8作品を収録。代表作『話の話』『霧につつまれたハリネズミ』『あおさぎと鶴』も収録しているので、J2を観て「で、このロシア人、誰よ?」なんて思った人にも手にしてもらいたい。なお、手法は「切り絵アニメーション」。セルに描いたキャラクターや風景をパーツごとに切り分け、少しずつ動かしながら撮影している。

個人的なお気に入りは『霧につつまれたハリネズミ』。もはやボク風情がアレコレ言うのは無礼千万なほど、評価の確立した作品だが、一応、あらすじなど。ある日の夕暮れ時、一緒に星を観るため、クマの家へと向かうハリネズミ。道中、霧の立ちこめる窪地で白い馬を発見。目を奪われたハリネズミは霧の中に足を踏み入れる。しかし、馬は見つからない。あらためてクマの家を目指すが、辺りは霧。薄闇の中、風にざわめく木の葉に怯え、大きな樫の木に脅かされて、あげくが川に落ちてしまう……。今日の別の記事で「いい大人がクルテクを~」などと書いておきながらなんだが、完璧に子ども向けの作品(絵本版は読書感想文コンクールの“小学1~2年生”向け課題図書になったのだとか)。しかし、その映像は30歳のオッサンでも、十分、鑑賞に耐えうる。というか、何度でも観たくなる。ハリネズミはクルクルと表情を変え、パタパタと動き回り、霧はどこか薄ぼんやりとして、寒々しい。どれもとても切り絵とは思えないほどリアルで立体的。しかも、美しい。「端から見ればなんてことはないものの、自分なりに精一杯の冒険をしてちょっとだけ成長する」というストーリーも、この作品の好きなポイントのひとつ。「ボクもちったぁ成長しなきゃなぁ」などといい年こいて思ってみたり。なぜ、右太衛門様が「映像の詩人」と呼ばれるのか、その理由を端的に表している作品だ。[amazon]

⇒関連リンク:ユーリ・ノルシュテイン作品集

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2004/03/09

『岸辺のふたり』

■岸辺のふたり
kf.jpgサイクリングをしている父と娘。岸辺にたどり着くと、父はボートを漕ぎ出してどこかへ行ってしまった。その後、娘は何度もその岸辺を訪れてみるものの、父は帰ってこない。やがて年老い、川の水も枯れてしまったが……。アートアニメ・ストレンジアニメの作品紹介を始めるに当たって、いきなりチェコスロバキア・正常化政策時代のシュールレアリスト系などを取り上げるのもどうかと思い、まずはわかりやすい作品をピックアップしてみた次第。誤解を恐れず言ってしまえば、何もない作品。セリフもなければ、色もない(モノクロではないが、セピア調)。父と娘の表情、心情を表すようなシーンもない。ついでに、上映時間も極端に短い。ただ、来る日も来る日も自転車を漕ぐ様子を真横から押さえたシーンが続くだけ。なのに、感動させられる。淡々と似たようなことを繰り返すシンプルな映像が、監督の言うところの「密やかだけれども強い願い」(ライナーノーツより)の強度を増している。その願いが叶った瞬間、少し泣きそうになった。2001年アカデミー賞短編アニメーション部門受賞。2000年/英蘭合作/カラー/8分。[amazon]

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2004/03/06

FESTIVAL OF ANIMATION

2/27に紹介した「FESTIVAL OF ANIMATION」を見に行く。これは世界各国から集められた短編アニメの中から、その年のベスト20本前後を公開するフェスティバル。過去には『ウォレスとグルミット』のニック・パーク監督が出品したことも。『サウスパーク』はこのフェスで初めて公開された。今回上演分は、過去の公開作から厳選した傑作選。以下では、気になった作品をピックアップしてみた。

■Mike Johnson『The Devil Went Down To Georgia』/米 1998
dwdtg.jpgアメリカの由緒正しき変態バンド・プライマスの同タイトル曲のPV。悪魔がツーリング中に立ち寄ったジョージアの地で、地元の農夫とフィドル(バイオリン)バトルを展開する。クレイアニメミュージカルとでも言うべき作品。楽曲にあわせて悪魔と農夫が怒濤の勢いでフィドルを弾きまくり、3羽の鶏が踊り狂う。感想は「すげぇ」のひと言。こと動きについては、今回の公開作品はもちろん、これまで観たクレイアニメの中でも屈指のクオリティ。プロデューサーは『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のヘンリー・セリック監督。「それだけマンパワーと金をかけりゃハイクオリティにもなるだろう」とのツッコミもあるかもしれないが、この映像のためなら銭なんかいくらでも使ってしまえ。人は馬車馬のように働け。そのくらい痛快だ。ちなみに同曲はカントリーの名曲のカバー。プライマスのDVD『Animals Should Not Try to Act Like People』に収録。US盤のため、基本的にはリージョン1だが、一部リージョンフリー版もあるとの噂が。DVDのタイトルで日本語サイトを検索してみるといいかも。

Pat Smith『DRINK』/米 2001
男の子が謎の緑色の液体を飲むと、なぜか口の中から人が這い出してくる。そして、その人の口からまた人が……。あとは、延々と「人 from 口」の繰り返し。そして最後に男の子が口から這い出ると、今度は飲み込まれていって、逆戻り。アイデア一発勝負の感はあるものの、這い出てくる(飲み込まれる)テンポの良さ、這い出る人物のバリエーション、表情の付け方はお見事。AWNにサンプルムービー(Pat Smith公式のものより長尺)。

■Brothers Christoph and Wolfgang Lauenstein『BALANCE』/独 1989
bl.jpg1989年のアカデミー賞短編アニメ部門を受賞した人形アニメ。微妙なバランスを保って浮いている板の中央に輪になって立つ5人の男。1人が1歩前に出ると、ほかの4人も前に。そうしないと、板が傾き、誰かが落ちてしまうから。そして、5人は板の端まで歩を進め、釣りを始める。すると、1人が謎の木箱を釣り上げる。とたんに板のバランスが崩れそうになったので、1人と箱を残して4人が大移動。しかし、箱を1人に独占させておくのは口惜しい。そこで、ほかの1人が一歩後ろに退き、板を傾ける。箱は滑り出し、その男の手元に。再びバランスが崩れそうになったので、ほかの3人はまたも移動……。以後、その応酬。まるで上手な人がプレイするパズルゲームの画面みたい。板の傾きにあわせて、箱の滑るスピード・角度と男が走るスピード・角度を緻密に計算し、一切、ムダと破綻のない映像を実現している。これをコマ撮りしたかと思うと、それだけで尊敬。マヌケながらもド切ないオチも○。DVD『The World's Greatest Animation』に収録(リージョンフリー)。

Barry Purves『SCREEN PLAY』/英 1992
武士の家の娘が縁談を反故にして、男と駆け落ち。追っ手を逃れて、ある島に身を隠す。人形アニメ版文楽。と書くと「そもそも文楽は人形劇だろ」とのツッコミが入りそう。ところが、本作は黒子まで人形(本当の文楽では人形を操る黒子は当然人間)。主人公とその恋人、家族、追っ手、そして黒子と、スクリーンにはかなりの数の人形が入り乱れるが、すべてが小気味よく動くので、画面がごちゃつくことはない。むしろ観ていて気持ちがいいくらい。物語は典型的な悲恋もの。オチを言ってしまえば、結局2人ともぶっ殺される。被写体が立体物であるため、飛び散る血しぶきには赤い液体を使用。それが妙に生々しい。文字通り、人形のように動かなくなった死体も異常にリアル。あまりの凄惨さに、ちょっとヘコんだ。DVD『世界のベストアニメーションvol.2』に収録。

■Alexij Kharitidi『Gagarin』/露 1995
gg.jpg蝶の幼虫が興味本位でバトミントンのシャトルの中に。それを拾いに来た女の子がそのままバトミントンをプレイ。幼虫は図らずも蝶になる前に空中浮遊を体験することに。だから、タイトルは「ガガーリン」。クソがつくほど呑気で、どこかズレてるロシアアニメは無条件に好き。かわいくってしかたがない。

■Nick Gibbons『Radioactive Crotch Man』/米 2000
タイトルまんまの内容。ブリーフのクロッチ(股間)部分から放射能を発射してトラブルを解決する正義のヒーロー「レディオアクティブ・クロッチマン」の活躍を描いた物語。たとえ今年で30歳とはいえ、男子たるもの、しょーもない下ネタは大好物なわけで……。テンポの良い映像で、下らないことをトコトンまで追求する態度はステキだと思うわけで……。

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